第2話 不細工な女
目を覚ますと見慣れたダンジョンの天井が見えた。
そりゃそうだ、俺がこんなところで死ぬわけがねぇ。
水浸しにはなっちまったが、何事も諦めずにやれるだけの事をやるってのは、生き残るために必要な精神だ。
だが、空っぽになったMP(マジックポイント)のせいでこの後の生存率は大幅に下がってしまっていると考えると、もう少しましな選択をすべきだった。
まぁ、色々あって神状態がおかしかったから、冷静な判断が出来なかったに違いねぇ。全く忌々しいったらりゃしねぇなクソが。
これもすべてはあの追放した雑用係のせい・・・・・・なんて事を思っていると、俺の視界に見覚えのないそばかす女がのぞき込んできているのに気付いた。
なんだこいつ・・・・・・そう思っていると、そいつはすぐさま俺の視界から消えた。
体を起こしながら見覚えのない場所を見渡していると、そばかす女が恐るおそる近寄ってきているのに気付いた。
黒を基調とした魔女の様な恰好、金髪、低身長のそいつは、気味の悪い笑みを浮かべており、最悪な目覚めに俺はうんざりとした。
「おい、近寄ってくんなお前」
「ひぃっ」
大げさに驚くそばかす女の顔は不細工そのものであり、ただでさえ最悪な状況の中でこんなモブキャラに出くわしてしまうとは、俺の運も最底辺まで落ちたといっても過言ではなかった。
だが、そばかす女は怯えた様子を見せたものの、奴は眉間にしわを寄せてさらに不細工な顔をしながら口を開いた。
「わ、私が助けてあげたんですけどっ」
恩着せがましい態度は心まで不細工な証拠、実に救い様のない女だな。
「助けただと?」
「そうです、回復魔法で介抱しました」
なるほど、わずかに体が軽いのはそのせいか。
「そんなもん、誰も頼んでねぇが?」
「そ、それは・・・・・・っていうかお礼もなしですかっ!?」
「あぁそうだな、てめぇが絶世の美女だったらお礼の一つでも言ったが、あいにく俺はどこぞのお人よしと違って誰にでも媚びたり・・・・・・」
どこぞのお人よし、その言葉があの追放した雑用係の男を想起させ、すさまじい嫌悪感で頭がいっぱいになった。
「ちっ、くそがっ」
「う、うわっ舌打ちとかやめてくださいよ、怖いっ」
「うるせぇっ、こびてくんなブスが」
「ぶ、ブスゥッ!?ちょっと、さっきからひどいんじゃないですかあなたっ!!」
「んなことはどうでもいいんだよ、ところでここは何階だ」
「どうでもいいって・・・・・・っていうか、なんでそんなことを聞くんですか?その前に謝罪ってものが必要で」
「いいから答えろっ!!」
「わ、わかりませんよそんな事」
「ちっ、役に立たねぇなぁ・・・・・・まぁ、見たところ魔物はいねぇな」
「はい、どういうわけかここには魔物が出ないんです」
「そうか、で、てめぇはどうしてここにいる」
「落とし穴に落ちてきました」
どうやら同じ境遇らしい。しかし、落とし穴から落ちて生きているという事はこんなチンチクリンでもそれなりの力を持っているという事か。あるいは、救命道具でも持っていたか・・・・・・まぁ、見た限りおそらく後者だろうな。
「・・・・・・そうか」
「あ、あなたもそうじゃないんですか?」
そばかす女は、まるで俺をからかう様にしたり顔で微笑んだ。
「はぁ?てめぇは何が言いてぇんだ?」
俺は少し苛立ちのこもった声で返答すると、そばかす女は大げさに怯えた。
「ひぃっ」
「とにかくだ、生き延びたからにはここを出るしかねぇ」
「え、ちょっと待ってくださいよ」
「あぁ?なんで待つ必要がある」
「この部屋の外には見た事も無いような強そうなモンスターであふれてるんですよっ、絶対にやられちゃいますよ」
「あぁそうかよ、じゃあてめぇはそこにいればいいだろ、俺は行く」
「あぁいやっ、ちょっと待って置いてかないでくださいっ」
「置いてくだ?俺達はたまたま出くわした他人だろ、何の義理もねぇ」
「回復してあげたじゃないですか」
「だから頼んでねぇっつっただろ」
「うぅ・・・・・・本当に意地悪な人ですねあなたは」
ふてくされた様子のそばかす女だったが、その目は俺と会話し始めた時からずっと俺をとらえており、視線が外れた時は自らの身なりを整える素振りを見せていた。
そんなそばかす女の様子に俺は瞬時に気づいたことがあった。
そばかす女の表情、立ち居振る舞い、それは幾度となく見てきた俺に気のある女の態度そのものだという事だ。
自意識過剰という線は捨てきれないが、長年の経験からして、俺のこの予想が外れた事はない。
いや、この世に生を受けてから女にモテてきた俺にとって、こいつ態度は間違いなく俺に気がある態度で間違いない。
生死を分ける危機的状況かもしれねぇってのに、女ってやつはこうも発情できるものなのか・・・・・・いや、むしろ命の危機だからこそ生存本能が働くのか?
まぁいい、そんなこたぁどっちだっていい、置いてくなと言うなら連れてってもいいが、問題はこいつが使い物になる奴かどうかだ。
現状だと俺もMP切れでリスクは背負っているからな。こんな奴でも多少の役には立つだろう。
「ところで、おい、魔法使いか?」
「はい、そうですけど」
「特技は?」
「初級魔法なら少し」
「ふざけんなっ、初めてのダンジョン攻略じゃねぇんだぞっ、それからあよきゅう魔法は特技って言わねえんだよっ」
「す、すみませんすみませんっ」
「なんか他にはねぇのか」
「えーっと・・・・・・あっ、魔法量には自信があります」
「基準がわからねぇな、もっと詳しく説明しろ」
「えーっと、尽きた事はありません」
「・・・・・・何だと?」
「初級魔法しか使わないのが原因かもしれませんが、どれだけ魔法を使っても魔力が切れた事はありません、なんででしょうね」
魔力が切れたことがない?まさかこいつ、落ちてきた衝撃でおかしくなっちまったかないだろうな?
そう思ってそばかす女を見つめてみたがいたって真剣な様子に見えた。まさか、こいつは俺をからかっていたりするのか?
「・・・・・・」
「あっ、あれですかねぇ、もしも上級魔法とかが使えてたら魔力切れとかも起きたりするんですかねぇ、えへへへ」
「おい、今も魔法は使えんのか?」
「え、もちろんですよ」
そういうとそばかす女は指際に小さな炎魔法をともして見せると、うれしそうに笑った。こんな状況だってのに馬鹿みたいに満面の笑顔を見せやがって、いったいどんな人生送ってきたらこうなるんだ。
「そうか、ならちょうどいい、MPよこせ」
「へ?MPですか?」
「あぁ、魔法使う時に消費するあれだよ、あれ、俺に寄越せ」
「あ、あぁMPですか」
「俺はMPを使い果たした、初級魔法しか使えないてめぇが使うよりはいい、だからよこせ」
「よこせって、そんな言い方する人には分けませんよっ」
「ちっ、なんだてめぇっ」
「ま、また舌打ちっ、やめてくださいってば」
「てめぇ地上に戻りたくねぇのか?」
「それは戻りたいですけど」
「いいか、ここがどこで何階層か知らねぇが、俺なら地上に戻る事ができる」
「ど、どうしてそう言い切れるんですかっ?」
「魔物や罠の探知、透明化、消音、各種状態異常回復といったスキルを使えば地上に上がることは難しくない」
「そ、そそそ、そんなにたくさんスキルを持ってるんですか?」
「当たり前だ、てめぇのようなモブキャラとは比べ物にならねぇほど、こっちは才能を持ち合わせてんだよっ!!」
「す、すごい・・・・・・」
純粋な尊敬のまなざしと、小さな拍手をして見せるそばかす女はやはりあざとく、どこかいけ好かない女に思えた。
「おい女、俺にここまで説明させといて駄目だとは言わせねぇからな」
「わ、わかりましたけど・・・・・・えと、そもそもMPって誰かに分けられるんですか?」
「余計な心配をすんな、てめぇはその場でじっとしてりゃいいんだよ」
「えっ?」
「いいから、すぐに終わるから黙って立ってろ」
俺はそばかす女に近づいて、女の頭頂部に手をのせた。それにしても良い高さだな。これなら肘置きにもちょうどいいかもしれない。
なんてことを思っているとそばかす女が俺の事をじっと見上げてきていた。
「あ、あの、なんですかこれ?」
「黙れ・・・・・・それから目を瞑れ、気が散る」
「あ、はい」
目を瞑ったそばかす女は、プルプルと体を震わせながらわずかに口を尖らせていた・・・・・・なんだこいつ、マジで天然記念物みたいな女だな。
「あのぉ、まだですか?」
「いいから黙ってろっつってんだろっ!!」
「あ、ひゃいっ」
さて、こいつからMPを奪う訳だが・・・・・・
あれだな、幼い頃に一度使ってからギルドマスターになるまで、ろくに使わなかった力だが、果たして今でもちゃんと使えるか?
そう思いながら俺は静かに呪文を唱えると、俺の体に魔力が満たされ始めた。俺はその懐かしい感覚に酔いしれつつ、しっかりとそばかす女の様子も見ながら奪えるだけの魔力を奪い取った。
「・・・・・・よし、もういいぞ、目を開けろ」
俺はそばかす女から奪える限りの魔力を奪ったつもりだったが、そばかす女が気を失う事も疲弊した様子を見せることも無く、平然とした様子で俺の事を見上げてきていた。
通常、MPが切れた人間がたどる末路は極度の疲弊、あるいは気絶だ。だが、目の前のそばかす女は堂々と立っている。
「あ、あの、これで終わりですか?」
「てめぇが一体何を期待していたかは知らねぇが、終わりだ」
「べ、別に何も期待してませんが、なんか何も起きずに終わったっていうか、いや、若干ポカポカ、フワフワした感じになりましたけどね」
それにしても、初対面にもかかわらず警戒心もなく魔力を供給してくれるとは、マジで従順な良い女だな。
そして、おそらくこいつは世にも珍しい魔力が尽き無いまさしく魔法のツボだ。その証拠に魔力を奪われても平然と立っていやがる。
こんな便利な女は他にいねぇ、いや、これまで会ってきたどんな奴よりも有能だ。ここで見捨てるには惜しい人材なのは間違いねぇ。
「おい女、ここから出たけりゃ俺についてこい。俺にMPを供給する限りお前は地上に戻れる、わかったか?」
「なんだかあなたの口ぶりが気になりますけど、地上に戻れるならあなたについていきますよ」
減らず口だが素直についてくる事を決めたそばかす女は、わずかに微笑みながら俺の側に寄ってきた。
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