短編とかそういったもの

机上の烏龍

安住の地

 親元を離れてどれくらいだろうか。流れ流れて、随分遠くまで来た。根無し草の生活も今日でおしまいだ。

 今日は実に天気がよい。新生活日和ではないか。

 中庸を絵に描いたような住宅街の中で、高い壁に囲まれたその白く無機質な建物は、悪目立ちと言っていいくらい浮いていた。

 見上げると、建物の白が眩しい。


 私は今日からここの隅を間借りして生きていくことになる。何が起こるかは、まだわかっていない。だが、少なくとも住む場所があるというのはありがたい。

 高い塀で囲まれているので、中は窺いしれない。門扉を抜けると、もう既にここでの生活を始めている奴らでにぎわっていた。

 空いている所に腰を落ち着けると、どっと疲れが押し寄せた。思っていた以上に疲労が溜まっていたようだ。尻に根がはってしまう。もう、これ以上動きたくない。


「新入りか?」

 しばらくして、隣のやつが話しかけてきた。

「はい、これからお世話になります。」

「ここはいいところだぞ。気候も穏やかで、食いものにも困らない。」


 確かに住みやすそうな良いところだ。繁華街から少し外れただけなのに閑静で、人や車の往来も少ない。私は犬が苦手なので近所で飼っている家が多いのが少々難点か。


「でも、残念だったな。来たばかりなのに。」

 隣のやつが小刻みに揺れている。俯いているのでわからないが、笑っているのか。

「俺たち、もうすぐ殺されるよ。」

「え?どういうことですか。」

「言葉通りだ。あっちにいるお高く止まった奴らには関係ない話だけどな。」

 やつがしゃくった顎の先に、なるほど、確かに華やかな奴らがいる。

 わけがわからない。なぜ、何のために殺されるんだ。なんであいつらは良くて私たちだけ殺される。理由はなんだ。逃げたい。なのに、逃げられない。畜生、ようやく自分の場所が見つかったのに。これからだったのに。



 遥か高みから声が響く



「かあさん。今度のは大丈夫だ。3ヶ月は保つってよ。」


 上から声とともに、大粒の雨がボタボタ降ってきた。



 一週間が過ぎた。

 隣のやつは日に日に弱っていき、とうとう3日前に死んだ。


 そろそろ私にもお迎えが来るだろう。


 その時、建物から少し腹の出た中年の男が出てきた。首がヨレたTシャツはじっとりと湿っていて、首からは銀行の名前が入ったタオルを巻いている。

 この男には見覚えがある。幾日か前、私たちに水ではない「何か」を浴びせかけたやつだ。男はこちらの方をちらりと見ると、「おっ。順調、順調。」と言って、シャワーの付いたホースを伸ばし、蛇口を捻った。ほとばしる水の周りに、小さな虹の輪ができる。

 男はあちら側にシャワーを向けた。乾いた植木鉢がみるみる黒くなっていく。

 あっちの華やかな奴らは、水滴の反射を受けて、より一層活き活きとし、太陽に向かって咲き誇っている。


 何が、何が違うんだ。あいつらと私たちと。

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短編とかそういったもの 机上の烏龍 @Rechika

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