花天月地【第103話 帰る場所】

七海ポルカ

第1話




 今日は気分がいいから客人に会う、と友が言った。



 別に昨日も一昨日も、そんなことを言わなくても客人には会っていた。


 昔から時々、そういう日がある。


 夏侯惇かこうとん曹孟徳そうもうとくの腹心である。

 親戚でもあるので単なる友人ではない。もっと血の濃いものだ。

 それは自他共に認める腹心だが、

 曹孟徳のことを一番理解している人間なのだろうと言われると、夏侯惇自身はそうでもないんだけどなと思っていた。


 勿論好みやら、今何考えてるのか、どういう感情でいるのかくらいはさすがに長い付き合いで分かるが、未だに「何考えてるのか分からん」と思うことも日常頻繁にあり、だからこそこいつの側にいるのは面白いんだろうなとは思っているが、一番の理解者などと言われるとなかなか荷は重い。


 曹操そうそうの本質を理解しているという点では、荀彧じゅんいく郭嘉かくかの方が恐らく上だ。

 荀攸じゅんゆうも語らないだけで、ある程度見通していると思う。

 

(あいつらに比べれば、俺は全然理解など出来てないと思うがな)


 曹操はかなり若い頃から慢性的に頭痛を患っていた。

 それがどういう時に起こるのかも夏侯惇は分かっていない。

 寒いときに起こるのか、暑い方が起こるのか、

 何かそれが起きる原因があるのか、分かったらどうにかしてやれたと思うが、本人にも医者にも頭痛が発生する理由は分からないのだ。


 数日間ずっとそういう状態になることもあれば、一月何も無いこともある。


 曹操自身「痛む」と口にすることもあれば、頭痛が明らかに起きているのに、口に出さず、こめかみに指を押し当ててるだけのこともある。


 要するに、曹操には「こうだからこう」というものが何も無い。

 夏侯惇が分かってるのはそれだけだ。

 心構えとして「よくこうするが、それは絶対的なことではないのだ」というものは確かに持っている。


 恐らく曹操に擦り寄ろうとしている人間は、少しでも不興を買いたくなくて曹操の言動をそういうものに当てはめたいのだと思う。

 こうしたからこうすればいいのだ、という類いのものだ。

 だが曹操は日によってもそうとは限らない部分があるので、あまりにも型にはまっていると「お前は俺をそうとしか見れないのか」とある日不興を買うわけである。


 夏侯惇は、曹操が呼ぶ客人にはあまり会わない。

 曹操がその客人を「お前も会え」と紹介するならば話は別だが、曹操の人の好みは夏侯惇とは若干異なったりもするので、会ってもつまらないことがある。

 若い頃は同席して会っていたのだが、夏侯惇の押し黙った顔に客人が怯えるので、曹操が「興味無いなら無理に同席するな」と言って、夏侯惇自身が興味の無い客の場合、会わなくなった。

 ただ夏侯惇は自分の使命は魏の将軍として果たすものより、曹操の護衛として果たす使命の方がずっと大きいと自身では思っているため、そういう自分が同席しない歓談の席でも、遠目から様子は窺うようにはしている。


 夏侯惇は若い頃から曹操の側にいたので、待つことは全然慣れていた。

 たまに今や大将軍となった夏侯惇がぼんやり回廊で立っているのを見て、護衛がギョッとした顔で「我々が変わりますので将軍はどうぞそちらの部屋でお待ちください」などと言ってくることがあるのだが「友を待ってるだけだ」と苦笑して断る。


 魏は、今や数多の後継者がいるのだ。

 もはや魏は曹操ではない。


 だが、自分の友である曹孟徳そうもうとくはこの世で一人だけだ。


 回廊から今日もそんな友を眺めたが、別に楽しそうに喋っている姿は特別変わった様子も無い。


 城の奥になるこの辺りは、政の場からは外れているため静かだ。

 眼下の池には水鳥が浮いている。

 澄んだ空気。

 

 いよいよこのあたりも雪が降るのかもしれない。


 もっと山が深い涼州では、雪はもう積もり出しているという。


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