1/1461の秘密

葉原あきよ

1/1461の秘密

 部室に行くと石田先輩しかいなかった。春休みにも関わらず、いつもなら三、四人は誰かしら集まっているのに、先輩一人というのは珍しい。思わずガッツポーズをしそうになる。

「先輩だけですか? 他の人は?」

 俺が聞くと、先輩は読んでいた漫画から顔をあげ、髪をかき上げる。

「買い出し。いろんなコンビニの肉まんを食べ比べるんだって」

 当分帰ってくるなよ、と俺は心の中でつぶやいた。

「うわ、静電気」

 先輩が声を上げる。中途半端な長さの髪が膨らんでハタキのようだ。先輩は舌打ちをして広がった髪を両手でなでつけ、また漫画に視線を戻す。

 女なんだからもうちょっと身だしなみに手をかければいいのに。そう思う反面、この荒っぽさが魅力という気もしている。今でさえライバルがいるのに、これ以上は困るというのもある。

「どうかした?」

 先輩に聞かれて、ついじっと見つめてしまっていたのに気付く。

「いえ……別に……」

 ごまかそうとして、俺は辺りを見回す。部室の中央に二つ並んだ長机の上に、古い雑誌や誰のものかわからない教科書が散乱しているのはいつものことだ。今日はそれらを押しのけるようにして、花が飾ってあった。生けてあるのは上半分を切ったペットボトルだったが、花束は豪華だった。俺はそれを指差す。

「これ何ですか?」

「ラナンキュラス」

「花の名前は知ってますけど」

「え、知ってるんだ? 意外」

 先輩は目を見張る。それからふっと笑顔になって、

「誕生日にもらったんだ。そういえば、昨日は君来てなかったね。皆でケーキ食べたんだよ、ここで」

「え! 石田先輩、昨日誕生日だったんですか?」

 先輩はうなずく。

「大森君が計画してくれてねー。知らなかった?」

「全然! 知ってたら絶対バイトなんて入れなかったのに」

 やっぱり大森か。あいつめ。わざと俺に伝わらないようにしたに違いない。

「誕生日おめでとうございます。俺知らなくて、何もなくてすみません」

「ありがとう。いいよ、別に気使わなくて」

 声に出して笑ってから、先輩は、

「面倒だから二十八日って言ってるけど、ほんとの誕生日は今日なんだよ。四年ぶり六回目の誕生日」

 今年は閏年で、今日は二月二十九日だ。

「皆知らないから、ここだけの秘密ってことで」

 先輩の言葉に心臓が跳ねる。

「どうして俺だけに?」

 期待を込めて聞いたのに、先輩は軽く首を傾げて、笑う。

「なんとなく? 強いて言うならラナンキュラスを知ってたからかな」

 よくわからない。ラナンキュラスに何か意味があるのか。さらに聞こうとしてふと気付く。

「先輩は二十四歳なんですか? 今、三年生ですよね?」

「そうだよ。二浪して留年もしたから……って、知らなかった? これは秘密でも何でもないんだけど」

 全然知らなかった。俺がよほど変な顔をしていたのか、先輩はしばらく笑い続けていた。

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