山のお寺の鐘が鳴る

朝吹

 

 校庭で男子がサッカーをやっている。活躍しているのは、隣りのクラスの北城くんだ。

「まーやは知らないだろうけど、昔、この辺りを治めていたのは北城くんの家だったんだよ」

 理子にそう云われても、転校生のわたしにはぴんとこない。

 帰り路、その北城くんに呼び止められた。

「ぼくも真矢ちゃんのことを、『まーや』って呼んでいいかな」

 わたしたちは、付き合うことになった。



 学校の裏山の続きには、廃村があるそうだ。すでに人が絶えて久しく、民家が崩れるままに放置されている。

 ふしぎなことに、無人のはずのその山から、夕刻になるとたまに梵鐘の音がするのだ。廃墟の中で釣鐘堂だけはまだ形を保っているのだろうか。

 ごぉぉん……。

 重たく響くその鐘の音がきこえると、地元の子どもたちは耳を手で塞ぐ。理子の説明によると、その鐘の音は、神隠しにあった子どもたちが鳴らしているという。

「百年に一度、必ず、ふもとの村から誰かが消えるのよ」


 数日後わたしはまた、鐘の音をきいた。

 背後から影がのびてきて、「誰が鳴らしているのかな」とわたしの肩に手をおいた。



 老いた男女が杖をたよりに山を登っている。弱った彼らの脚に坂道はこたえた。

 老婆が腰をさすって、老人にぼやいた。

「来年は無理。わたしは今年で最期になる」

 男女の老人の前には集落の址が広がっていた。どの家もつる草や樹木に半ば呑み込まれ、木切れの山と化している。

 毛糸の帽子をかぶった老婆は、用意してきた線香に火をつけ、平らな石の上においた。

「次からは、あんたが独りで頼みますよ」

「分からんよ、理子さん」

 老人が背負いから取り出した仏花を隣りにそえる。

「ぼくの方が先に死ぬかもしらん」

 線香の煙に老婆は目をほそめた。

「まーやは、小柄だったから、子どもと間違えられたの」

「この山にも警察と自警団が入って何度も捜索したが、まーやの靴の片方しか見つからなかったな」

「神隠しについてあの子に真剣に注意しておくべきだった」

 もう半世紀も繰り返してきた同じ繰り言。

 両手を合わせて老婆は拝んだ。

 老人は線香の火を消した。近くの樹には錆びついた『火の用心』の看板が立てかけられていた。



 釣鐘堂の床は二重底で枯れ井戸のような深い縦穴がある。理子を支えて下山しながら、同じく老いた北城は、廃村を振り返って笑顔をみせた。


 悪く思うなよ、まーや。

 俺の家はね、代々、生贄を山神さまに捧げることで繁栄を保ってきたんだ。

 

 廃寺の鐘が今日も鳴っている。




[了]

 

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山のお寺の鐘が鳴る 朝吹 @asabuki

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