第43話 護衛依頼
――商業ギルドを出て、石畳の道を傭兵ギルドへと向かって歩く。
人々が行き交う街路を、ディランとソルディが並んで歩く……と言っても、実際はソルディが前を行き、ディランが半歩後ろをついていく形になっていた。
(なんか、成り行きで依頼を受ける流れになっちまったが……断れる雰囲気じゃないんだよなぁ)
ただ歩いているだけなのに、ソルディから漂う空気はまるで氷のように冷たく、ディランは自然と姿勢を正してしまう。
「さて、ディラン殿」
「っ!はい……なんでしょう?」
歩きながらソルディが口を開いた。
声は穏やかだが、そこに宿る圧には刺々しさが感じられた。
「先ほど、お嬢様が仰っていた護衛の依頼について、内容は理解しておられますかな?」
「いや、全然……というか、何か聞く間もなく話が進んでいったもんで」
「ふむ。では簡潔に説明しましょう」
ソルディは歩みを緩め、横目でディランを見やる。
「依頼内容は、外出されるお嬢様の護衛となります。期間は三日から五日ほど。目的地はスウェード村です」
「スウェード村、何をしに行くんだ?」
「……ローレンス家のしきたりのためです。ローレンスの名を継ぐ者は、16歳を迎える年に"シュバリエ"の選定を行うのです」
(シュバリエの選定?……)
「それは、お嬢様の専属の護衛を探しに行くってことか?」
「簡単に述べればそうですが、スウェード村には事前に通達しておりますゆえ、近隣の街や村からシュバリエに選ばれるべく、多くの者が集まってくるのです」
「へぇ、護衛を選ぶだけなのに、わざわざスウェード村までお嬢さんが行かないといけないのか?」
ソルディは、やれやれといった様子で首を振る。
「仰る通り、シュバリエを選ぶだけであれば、この街から出る必要はありません。ですが、ローレンス家の跡取りとして必要な行事なのです」
(跡取りとして必要ってことは……)
「お嬢さんに外の世界を学ばせるってことか」
「まぁ、それもございますが、商人にとって大事なことに気付いていただくため。と言った方が良いでしょう……さぁ、到着しましたよ。早く依頼の手続きを済ませましょう」
二人は傭兵ギルドに入り、受付で依頼の内容を再確認する。
(カレドニアとスウェード村までの往路と、現地での護衛の依頼……と、熟練者を募集?)
「なぁ爺さん、ここに熟練者を募集って書いてるけど?」
ディランの問いに、ソルディは眉を片方だけ吊り上げて答える。
「それでしたら問題ございません。あなたは私の攻撃を防ぐほどの技量をお持ちであるのは確認済みですので」
「あれだけで確認出来るもんか?」
「それは謙遜でございますな。あなたは私の放つ僅かな殺気を捉え、即座に行動したのです。護衛として、この上ない技量ですぞ?」
「そ、そりゃどうも」
(なんか、この人に褒められると素直に喜べないんだが……)
「それよりも、報酬の件ですが、大金貨一枚ということで問題ありませんかな?」
「大金貨、一枚!?いやいや、流石に多過ぎるだろ」
「……と、言われますと?」
「そもそも、俺はお嬢さんから調べ物の許可をもらうために依頼を受けるんだから、報酬はそれで十分だって」
「ほう……」
ソルディはディランの答えに何か思うことがあるのか、目を細めながら口元に手を当てた。
「承知いたしました。報酬の件はひとまず保留といたしましょう。それでよろしいですかな?」
「保留、ね」
(資料の閲覧許可が必ずもらえるわけじゃないってことか)
依頼書への署名を済ませ、受付の男性に一礼すると、ディランとソルディは傭兵ギルドを後にした。
「……ふぅ」
思わず息をついたディランに、ソルディがちらりと視線を寄越す。
「気負う必要はございませんよ。護衛とはいえ、今回の旅はあくまで、お嬢様の経験のためです。あなたが過剰に肩肘張る必要はありません」
「いや、そう言われてもな……あのお嬢さん、なんていうか」
ディランは肩をすくめる。
「放っとけない感じがするというか、危なっかしいというか……」
「ふふ、そう感じられるのであれば十分です」
ソルディの声は淡々としていたが、どこか満足そうでもあった。
「明日の朝、商業ギルド前にて集合いたしましょう。旅支度はお忘れなく」
「了解した」
(商業都市カレドニア、この街を取りまとめる商業ギルドの跡取りとして経験を積むための旅……か)
「では、私はお嬢様のもとへ戻ります」
ソルディはディランに頭を下げると、商業ギルドの方へと歩いて行った。
「さて、とりあえず……シオンたちのとこに顔を出しに行くか」
――シオンとリィンに会った露店の通りを抜けて、二人が住むことになった研究室を探すディラン。
「シオンが言ってたのは、この辺なんだろうが……」
キョロキョロと辺りを見渡してみるが、研究室らしい建物は見当たらず首を傾げる。
「あんた、こんなとこで何してんのよ?」
不意に背後から声をかけられ、振り向く。
「んあ?フラムか、ちょうど良かった。シオンとリィンの研究室がこの辺りにあるらしいんだが、知ってるか?」
フラムは少し呆れたような素振りで口を開く。
「研究室ねぇ、誰がそんなこと言ったのよ?」
「ん?シオンが嬉しそうに言ってたが」
「シオンが?もう、研究室なんて大層なもんじゃないのに……警備隊が管理してる空き家をアルフが貸してくれてるだけなのよ」
「そうなのか?と言うか、詳しいじゃないか」
「まぁね、さっきまでそのシオンの研究室とやらにお邪魔してたから」
そう言いながら、フラムはゆっくりと後ろへと向き直ると、ディランに目配せをする。
「ほら、案内してあげるからついて来なさいよ」
「すまん、助かる」
ディランは申し訳なさそうにしながらフラムの隣に並ぶ。
「それで、傭兵ギルドには登録できたの?」
フラムがそれを横目に確認しながら尋ねる。
「ああ、登録は済んだよ。早速明日から依頼を受けることになったしな」
「あら、仕事熱心じゃない。迷い人の伝承についてはよかったの?」
「はは、その伝承について調べるために依頼を受けなきゃならんのよ」
「……どういうことよ?」
フラムはディランの言うことがよく理解できず、首を傾ける。
「まぁ、説明するとややこしいんだが……実はな……」
――商業ギルドでのことをフラムに伝え、苦笑いを見せるディラン。
「……カルディナ・ローレンスについての資料をねぇ、それは確かに商業ギルドでしか保管してないでしょうね」
「ハンターギルドにはそういう資料はないのか?」
「う〜ん、あたしも朝からギルドの資料は見てみたけど、あんたの調べた情報と変わりなかったわよ」
「わざわざ調べてくれたのか?ありがとな」
「べ、別に……討伐依頼を探すついでよ。それより、ほら、ここがシオンたちの家よ」
フラムは何か誤魔化すように、サッと顔を背けた。
「ここって、何か……普通の家だな」
(研究室って言うぐらいだから、もっとこう無機質な建物かと思ったが)
露店の並ぶ通りのすぐ裏手側にある住宅街といった雰囲気で、少し広めの庭がある角家だった。
家の入り口には、シオンとリィンが扉を出入りしながら荷物を運んでいた。
「あれ?フラム、どうしたのよ、何か忘れ物でもしたの?」
こちらに気付いたシオンが手を振りながら声をかける。
「違うわ、ディランが迷ってたみたいだから、ここまで連れて来てあげたのよ」
「そうなの?それは悪かったわね。簡単な地図だけでも渡しておけばよかったかしら」
「いやいや、俺がうまく探せなかっただけだって。そんでも、フラムが来てくれなかったら辿りつけなかっただろうけどな」
ディランはそう言って頭に手を当てながら、照れ笑いを浮かべる。
「……話、終わった?荷物、まだあるんだけど」
そこへ、リィンが荷物を運びながら小さく呟いた。
「あっと、ごめんねリィン。ほら二人もせっかく来たんなら手伝ってよ」
「え〜、あたしはさっきも手伝ってあげたじゃないの」
(なるほど、研究に使う資材とか買ってきた荷物を運ぶ手伝いをしてたのな)
「なんか、俺のせいですまんな」
「ほんとよ、あたしだって暇じゃないんだから」
「こらそこ、ぼやいてないで動きなさい!」
それから、シオンに指示されるままに資材の搬入作業を進めていく。
作業が終わる頃には陽も傾きはじめ、夕陽が屋根を優しく照らしていた。
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