第31話 クロイツ教会

 ――翌日

 ディランたちは再び北の森へと足を運ぶ。


「この森を抜けて、クロイツ教会へ行けるのか?」


 ディランの問いにフラムが答える。


「そうよ、森の入り口から迂回して、教会に向かう街道に出るの」


「なるほど、迂回する道があるのか」


「教会とも物資の流通はあるから、それなりに道は舗装されているわよ」


「そりゃ、そうだよな…そういえば、リィンはどうなんだ?森の中で生活してたにしても、必要な物とかあったろ」


 今まで目を閉じて走車の揺れに身を任せていたリィンが、ゆっくりと目を開けた。


「……必要な物は、カレドニアで買った。狩で仕留めた動物の肉や毛皮なんかも交換できたし、そこまで不自由はしなかった」


「へぇ、若いのによく頑張ったな」

 (この歳で、自立して森で生きていくのは大変だろうに……)


「別に……ホルンがいたから」


 リィンは父親と同じ歳ぐらいのディランに褒められ、むず痒さを感じて顔を外へと背けた。


「そう言えば、ホルンは昨日どこで寝てたんだ?いつの間にか荷台からいなくなってたが」


「この子なら、私たちがカレドニアの関所で手続きしてる間に街道の傍に隠れてたわよ?ほんとに賢い子ね、ホルンは」


 シオンがホルンの背中を撫でながらそう言うと、尻尾をブンブンと振っていた。


「ホルンは、あんたのこと気に入ったみたいだ」


 その様子を横目で見ていたリィンがポツリと呟く。


「そう?私に懐くなんて、見る目があるわね」

 

「単純に、傷の治療をしてくれたからじゃないのか?」

 

「あんなの、ほとんど治療したうちに入らないわ。ホルンが横たわってた場所、薬草の群生地だったもの」

 

「薬草の群生地?」


「自然に群生して広がった薬草の絨毯みたいなものよ。傷を治すために自分でそこに向かったんでしょうね」


「ホルンは、鼻が効く……」


「自分で薬草の匂いを追っていったのか、ほんとな凄いな」


 ディランがホルンのことを褒めながら頭をわしゃわしゃと撫でまわすと、ホルンは小さく唸りながら後ろへと後ずさる。


「おいホルン、なんで逃げる?」


「おっさんの撫で方が気に入らなかったんだろ」


「なん、だと……っていうか、リィン?俺はおっさんじゃないぞ」


「おっさんだろ?」


「もう少し年長者に敬意をだな」


「それじゃ、年長者らしく若者を労いなさいよ。ほら、そろそろ交代してちょうだい」


 荷台の前方からフラムの声に、ディランは荷台から立ち上がって外の景色を見渡す。

 後ろには鬱蒼と広がる森が広がり、走車は街道へと抜けていた。


「ったく、おっさんをこき使いやがって」


 ディランは愚痴を言いながら御者席へと向かう。


「仕方ないじゃない、あんたにしか頼めないんだから。はい、このまま道なりに進んでいけば教会が見えてくるから、よろしく」


 そう言って、手綱を手渡される。


「へいへい…さぁディア、もう少しだけ頑張ってくれ」


 手綱受け取り、ディアへ声をかけると「フシュッ」っと鼻を鳴らしながら頭を振ってくれた。



 ――それからしばらく道なりに進んでいくと、川や草原が広がり、峡谷が目に入ってきた。


「うぉ〜すげえ……あんなでかい谷、見たことないぞ」


 ディランの視線の先には、大地を割く巨大な峡谷が口を開け、その断崖を背に荘厳な教会と街並みが悠然と佇んでいた。


「見えてきたわね、ここに来るのも久しぶりだけど、二人とも元気でやってるかしら」


 フラムが荷台から顔を覗かせて感慨深く呟いていると、隣からシオンも顔を見せながら口を開く。


「アルデルトさんは、姉さんと結婚したわよ。モニカは准教授として、学院の講師もしながらアルデルトさんの研究を手伝ってるって、手紙に書いてあったけど」


「ええ!?アルデルト、結婚したの?しかも姉さんとって、シオンの?」


 フラムは驚いた様子でシオンに詰め寄る。


「え、ええ…そうよ、ちょっと離れなさいよ」


「シオンに姉さんがいたのも初めて聞いたけど、あんた、アルデルトと義兄妹になってたのね」


「まぁ、私は家を出た身だし、姉さんと結婚したことも手紙を読むまで知らなかったんだけどね」


 リィンは二人のやり取りを黙って聞いていたが、ちらりと視線をシオンに向ける。


「……アルデルトって人も、教会の人間なのか?」


「ええ、十年前のキメラ調査のときに一緒だったの」

 フラムが答えると、シオンが補足する。


「治癒術の可能性を広げた人でもあるし、いざって時の行動力は凄いのよ」


「へぇ……凄い人なんだな」

 ディランは愉快そうに笑うと、前方に広がる街を見やった。


 峡谷を背に築かれた街は、石畳の道が碁盤の目のように走り、中央には白亜の尖塔を抱く教会が聳えていた。その一角には、若い学生たちが行き交う姿も見え、治癒師養成学院と呼ばれる施設であることがうかがえる。


「……あれは、学院か?」

 ディランが目を細めると、シオンが頷いた。


「そう。薬学や治癒術を学ぶために、多くの生徒がここに集まってくるわ。私も在籍してたこともあるんだけどね」


「へぇ……まるで都みたいだな。人も多いし、活気もある」


 荷台の端に腰をかけていたリィンは、その光景をじっと見つめていた。

 ホルンが隣で耳を立て、小さく鼻を鳴らす。


「……ここでなら、ホルンも受け入れてくれるのか?」


 ぽつりと漏らした言葉に、シオンは少しだけ微笑んだ。


「少なくとも、アルデルトさんや姉さんなら理解してくれるはずよ」


 その声を合図にしたかのように、走車は街の石橋を渡り始める。

 峡谷から吹き抜ける風が頬を撫で、鐘楼の音が遠くから響いてきた。


「さぁ……クロイツ教会に到着よ」

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