第24話 スウェード村へ

 エルデリア村を出発し、走車に揺られるディラン達。村を出てから二時間程は経っただろうか?

 今は、フラムがディアの手綱を引いてくれていて、その間にディランはチュチュリーゼと話をしながら外の景色を眺めていた。


「エルデリア村と森の中しか見ていなかったが、森の外はこんなに草原が広がってたんだな」


 目の前に広がっているのは、陽の光を浴びて優しく揺れ靡く草原で、草の合間からは鹿の様な角の生えた生き物がちらほら顔を出してはキョロキョロと首を動かしながら草を食べていた。


「そうだよ?すごいでしょー、この景色!」


 ニカッと笑顔でそう言うチュチュリーゼ、手元ではカチャカチャと何か作っていた。


「チュチュ、それは何をしてるんだ?」


「ん〜?村で色んな素材が手に入ったから、作ってみたい装備が思い付いたの。その準備って言うか、下地作りだよ」

 

「ほ〜、仕事熱心だなぁ」


「そうかなー?ウチはこういうの考えたり作ったりするのが楽しいから、仕事って言うのとは違う感じだけど」


「なるほど、自分の好きなことで実益も兼ねてるのな。いいな、そういうの」


「まぁね〜、おじさんは?好きな事ないの?」


 (好きな事……か)


 チュチュに聞かれて考えてみたが、答えに詰まってしまう。

 物心ついた頃には、迷宮や侵蝕による被害に悩まされる生活が常であり、それに対処するために騎士団が人材を募集していたから騎士団に入った。

 その時は漠然と、家族や村の皆のために騎士団に入って、皆の生活を守りたいって考えていた……だが


 (守りたいと思った皆は…………)


 両親も村の皆も、逃げる間もなく迷宮に飲み込まれ、消えてしまった。思えば、あの時から俺は何のために生きていけばいいのか、悩み続けている気がする。

 大切なものを失って、自分のことすら顧みず迷宮の攻略に挑み続け、気付いたら小隊長を任されるまでになっていた。


「おじさん?」


「ああ、すまん。ちょっと考えてたんだが、これと言って思いつかなくてなぁ。強いて言えば、美味いもん食べることかな」


「美味いものねぇ、それは仕事には……あ、狩人とか料理人とかいいんじゃない?」


「なるほど、そりゃいい考えだ」


 その後も、チュチュと他愛のない話に花を咲かせていると、フラムから声がかかる。


「あんたたち〜、スウェード村まであと半分ぐらいなんだけど、そろそろ誰か代わってくれない?お腹空いてきたんだけど〜」


「お?もうそんなに進んだんだな。よし、俺が代わってくるわ」


 そう言って立ちあがろうとしたところで、チュチュが大きめの革袋から何かを取り出す。


「それじゃ、おじさんに任せよっかな。はい、パンと干し肉あげる。これ齧りながら頑張ってー」


「おー、ありがたい。いいのか?」


「いいのいいのー、そろそろ昼時だしね。軽く食べちゃいなよ。ウチもフラムと食べるからさ」


「すまん、助かるよ」


「ねえ、まだー?」


 フラムが、痺れを切らして声をかけてくる。


「はいはい、今行くって」


 チュチュにもらったパンを頬張りながら、荷台から御者の席に移る。


「よし、交代だ。このままアルフテッドさん達について行ったらいいのか?」


「ええ、このまま進んで行ったら、あと二、三時間ぐらいで村に着くと思うわ。それじゃ、よろしくね」


「おう、任せてくれ。ディアもよろしくな」


 そう言うと、ディアは軽く頭を擡げながら首を振り、応えてくれた。

 荷台の方では既にフラムもパンや水を口にしながらチュチュと楽しそうに話す声が聞こえ始め、ディランは周りの景色を見渡し、走車を撫でる風を感じながら手綱を握る。

 (任務でこんな風に馬に乗ることはあったが、なんだろうな、旅をするってこんな気分なのか……イスフィールに戻れたら、こうやって旅に出てみるのもいいかもな)

 そんなことを考えながら、周囲を見渡しつつ手綱を握り直した。


 ……ガラガラ、ガタッ……ガラガラガラガラ

 時折地面の小石を弾くような音と、車輪が地面を走る音を響かせながら走車は進んでいく。

 道中は何事もなく順調に進み、一、二時間ほどは経っただろうか……荷台の方ではフラムとチュチュは静かに寝息をたて、気持ちよさそうに昼寝していた。


 (さて、そろそろスウェード村に着く頃か?)


 周りを見渡し、道なりに先の方を見てみると舗装された街道が見えて来た。更にその先には、エルデリア村よりも大きく広がる外壁が見えてきた。


 (大きいな、エルデリア村の倍はありそうだ)


「気持ちよさそうに寝てるところ、悪いが……おい!二人とも!村が見えてきたぞー!」


「ほぇ!ふぁい、起きましたっ!」

 チュチュが変な声を出しながら飛び起きる。何だか申し訳ない気持ちになってしまう……


「ん、なに?もう着いたの?」

 フラムはまだ眠そうに目をしばしばさせながら起きる。


「もう少し寝かしてやりたかったんだが、村が見えてきたもんでな。それにしても、大きな村だな。エルデリア村よりもかなり広そうだ」


「ん〜っ……っと、そりゃあの田舎村と比べたら大きいわよ。スウェード村はカレドニアにも近いし、行商や交易の要所にもなってるんだから」


 フラムが身体を伸ばしながら教えてくれる。


「田舎村って、確かにあんな森の中にあれば滅多に人は来ないか」


 飛び起きていたチュチュリーゼの方は、しばらく目をパチパチとしていたが、落ち着いてきたようで胸を撫で下ろすように「……ふぅ」と息を吐いていた。


「すまんな、あんまり大きい声で起こさない方が良かったか?」


「いや〜大丈夫、大丈夫。父ちゃんによく怒鳴られてたから、その癖がね」


「そうだったのか、チュチュの父親も武器職人なのか?」


「そうだよ。父ちゃんが作る装備を見てたから、ウチも何か作りたくなって、父ちゃんに頼んで色々教えてもらったの。しょっちゅう怒られてたけどね」


 少し恥ずかしそうに、ニヒッと笑顔を作りながらチュチュは答えてくれた。


 魔獣の素材を使った装備を作るのは、その素材の扱いや加工の仕方なんかも大変で危険な作業なのだろう…と考えているところで、前を走っていた警備隊の走車が速度を落としていく。


「ん?村までまだ少しあると思ったんだが、ここで止まるのか?」


「違うわよ、一応村に入るまでに検問を受けなきゃいけないの。まぁ、警備隊の方はすんなり通れるでしょうし、あたしたちも特に問題なく通れるはずよ」


「へぇ、検問があるんだなぁ」


 それからジワジワと前に進み、小さな小屋の前辺りで止まる。小屋の中と外とで二人の門番がいて、そのうちの一人がこちらに詰め寄って来る。


「あなた方は、アルフテッド殿が仰っていたエルデリア村からの……と、フラム様もご一緒でしたか」


「ええ、ご苦労様。警備隊の遠征ついでに一緒に帰ろうと思ってね」


 その様子を見ながらチュチュに声をかける。

 

「フラムって有名なんだな、名前持ちってやつだからか?」


「ん〜、それもあるだろうけど、フラムはエルデリア村の様子も見に行ったり、仕事でこの辺りを通ることも多いからさ」


「あ〜ね、そりゃ顔見知りもいっぱいいるか」


「うんうん、そういうこと」


 そして、フラムも話が終わったようで、こちらに戻ってくる。


「さぁ、もう通れるわよ。いきましょ」


「おう、そんじゃ、いざ、スウェード村に!ってな」

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