第24話


「っていうのが、僕の師匠と、僕が生まれた時の一番初めの物語」


 旅人はそれまで握っていた木の棒を地面に置いて、絵を描くのをやめた。

 師匠の話っていうか、なんか、僕の師匠の愚痴、みたいになっちゃったね、と旅人は地面を眺めながら言った。

 その表情からは、なんの感情も読み取ることはできない。


「その、師匠っていう人にはもう会ってないの?」


 少年が視線をあちこちに彷徨わせながら聞くと、旅人は目を瞑って首を振った。


「いや、一回だけ会えたよ」


 全く表情を変えずに言っていたが、少年には、旅人がなぜか悲しんでいるように見えた。

 聞いていいことなのかと戸惑いながらも、気になってしまったので、少年は旅人にそのことも聴くことにした。


「その…もう一回会った時のこととかも聞いてもいいやつ?」


 旅人は快く頷いてくれた。


「いいよ。短い物語だけど、そこも話そうか」


 快く、というか、仕方なくの方が正しいかもしれない。

 旅人は再度物語を語り始めた。


「僕が師匠と再会したのは、一番初めの世界での旅を終えた時だった」



 一番初めの世界。

 簡単に説明すると、そこはバイオハザードの世界だった。

 そこでの旅を終えた後の話。

 バイオハザードの世界でそこでできた友人と、少しばかり悲しい別れ方をした僕は、また扉のある世界へと戻ってきた。


「お、意外と早かったな」


 師匠は、僕の目の前に立っていた。

 僕よりも倍の身長がある師匠は、なぜか体が光り出していて、今にも消えてしまいそうだった。


「え…?」


 僕の口から出てきた言葉はたったそれだけだった。

 他にも言いたいことはあったはずなのに、いざ、師匠のそんな姿を見てしまったら、何もかもが吹っ飛んでしまったのだ。

 体が光だす、ということはつまり、もう間も無く、師匠はこの世界から消えるということだ。

 一体何がきっかけだったのか、僕にはなんとなく察しがついていた。

 きっと、この鍵だ。

 扉を潜り抜けるために作ったこの鍵に、何か秘密が隠されているのだと、僕はなんとなく思っていた。


「もう10年くらい遅かったら、こんな姿をさらけ出さなくてもよかったのになぁ…」


 師匠は心底残念そうだった。

 旅人は、なんて声をかけたらいいのかわからなくて、一番初めの世界の旅を終えた後だったので、頭が混乱していたのかわからないが、師匠に声をかけた言葉は、問い詰めるような言葉だった。


「なんで、黙ってたの」

「お、珍しいな、お前がそんなこというなん…」


 いつも通りのおちゃらけた雰囲気で切り出したが、僕の表情を見てとても驚いたような表情をした後、泣きそうな顔で笑った。

 その時、僕がどんな表情をしていたのかなんてわからないけど、師匠のそんな姿を見て、戸惑っていたのは確かだ。


「黙ってて悪かった。見ての通り、俺はこの世界からもう消える」

「…わかってる、見ればわかる」


 その時の僕には、師匠との別れというものはどう言葉で言い表せばいいのかわからないくらい辛くて、目頭が熱くなる。


「お前があの世界で何を経験してきたのかを見ていた。この別れがお前にとってどんな経験をもたらすことになるかなんてのは、俺にはわからないが、辛いことには変わりないだろう。悪い、こんな瞬間を見せて」


 なんで、謝るのだろう。

 師匠は何も悪くないのに。

 ただ、これはそう、寿命が来ただけなのだ。ちょっとしたお別れというだけの話なのに。


「そうだな…俺からお前に言っておくことは…旅を続けなさい。お前の物語を紡ぎ、お前の宝物を見つけてくること。これは俺とのちょっとした約束であり、俺からお前に課した課題でもある」


 師匠は光に包まれて、どんどん消えていく。

 腕が完全に見えなくなってしまう。


「あとは、ほんのちょっとの賭けだ。俺がまた生まれ変わるまでにこの課題をクリアできるか」


 足が完全に光に包まれた。

 顔にまで光が及んでいく。これで、もう終わりだ。


「そうだな…あとお前にいっておくことと言ったら…」


 師匠はちょっと考え込んだあと、僕にちゃんと向き直って、いつもと変わらない笑顔で言った。


「元気でな」


 師匠は笑顔で消えていった。


「…なんでそんな捨て台詞みたいなの、吐いていくのかな」


 旅人は天を仰いだ。



「っていうのが、僕が師匠に最後に会った時に起こったこと」


 旅人が最後まで語り終えて、ふぅと息を吐くと少年の方を向いた。

 少年は顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

 旅人は驚いて目を見開くと、魔法でハンカチを作り出して少年に渡した。


「なになにどうしたの少年」

「いやだって…こんなの聴いたら多分みんな泣くって」


 少年は、旅人からもらったハンカチで鼻をかむと、そのまま懐にしまった。


「そういうもん?」

「そういうもん!」


 少年は泣きすぎで情緒が少々おかしくなっているようだ。


「なんかごめん、聞かなければよかったかも…」

「別にいいよ。話し始めたのは僕だからね」


 旅人は首を横に振って少年の言葉を少しだけ遮るように言った。


「さて、とりあえず、僕の過去のはなしはこんなもんだけど、何か質問はある?」

「ないよ、あったら俺ただの失礼な人でしょ」


 少年は泣きながらもツッコむところはちゃんとツッコんでくれた。

 一応、そこだけはちゃんとしているらしい。

 そして、少年は再度実感したのだ。

 この人が強い理由は、たくさんのこうした経験を乗り越えてきたから今の旅人さんがあるんだ、ということに。


「さて、どうする?もう日もくれてきたし、そろそろ帰ろうか?」


 少年は旅人の提案に頷くと、もはや二人の家となっている町長の家の裏にある薄汚い物置小屋へと戻っていった。



 少年はその日の夜、寝る直前に思ったのだ。

 俺って、旅人さんについて全く知らないんだな、と。

 少年は、旅人の背中を見ながら思った。

 こんなに小さな背中で、大きなことを乗り越えてきた旅人さんは、どれだけすごい人なんだろうか。俺とは大違いだ。

 俺は、何もかもから逃げてきた。人からの視線、言葉、何もかも。

 明日、もし時間があったら、もう一度聞いてみることにしよう。旅人さんの過去や、好きなもの、それから今日教えてくれた旅人さんの師匠について。

 そういえば、一番初めの世界では何を経験したのだろうか。

 全くその話に移らなかったが、何か買うさなくちゃいけないことでもあったのだろうか。

 それについても聴いてみよう。

 少年はそう思って眠りについた。

 

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