第8話


 クロアの名前を叫びながらすっ飛んできたのは、クロアと同じクロッカスの髪と瞳をした、肩あたりまで髪を伸ばし、ハーフアップでまとめた、甲冑を身にまとった男だった。

 扉の外でクロアのことを見つけると、壊れた扉をふんずけて店の中に入ってきた。

 そのままクロアの肩を掴んで店の壁際まで追い詰めるとクロアのことを問い詰め始めた。


「大丈夫かクロア!お前から連絡があった時はとても驚いたぞ!?まさかこの店で強盗事件が発生するなんて。怪我はないか?大丈夫か!?お前また無茶してないだろうな、まさかさっき店の外で伸びていた強盗団の一人を拘束したのはお前なのか!?花の花弁が巻きついていたぞ。兄ちゃんの目は誤魔化せないか」

「わかったから一旦落ち着いて兄さん!」


 クロアは兄の追求に耐えきれずに叫んだ。

 その様子を、店主は暖かい目で見ていた。

 旅人は、これはよくあることなのだろうか、と思いつつも旅人は手でカメラのフレームのようなものを作ってじっと眺めていた。


「おじいちゃんもそんな目で見ないで、旅人さんも何してるんですか!」


 クロアのツッコミは大忙しだ。

 

「待ってくれ、今旅人さんと言ったか?」


 甲冑を身にまとった男、クロアの兄と見られる男は、クロアの言葉を聞いて、旅人のことをまじまじとみ始めた。


「白黒の髪、星のマント、それから片目に浮かんだ星空…間違いないな、本物の旅人さんだ」


男はとても驚いた様子で後退りして壁に頭をゴンとぶつけた。


「僕に偽物も本物もあるの?」

「あぁ、あるぞ。俺は旅人さんの偽物を何人も見てきたからな」

「え」


 予想外の答えに旅人は真顔で固まった。


「申し遅れた。俺はクロアの兄で騎士団長を務めている、クローバーという者だ。よろしく頼む、旅人さん」


 クローバーと名乗った男は手を差し出してきた。

 旅人は一瞬握るのを躊躇ったが、握り返した。

 すると、ブンブンとすごい勢いで振り回された。


「ちょっと落ち着いて、腕もげちゃう」


旅人はそう言ってクローバの動きを止めた。


「おっと、すまない。旅人さんに会えたのが嬉しくてつい」


 なぜだろう、この男の頭の上にあるはずのない犬の耳が見えた。

 旅人はつい、自分よりも遥かに高いクローバーの頭を背伸びしてわしゃわしゃと撫でた。


「なんだ!?」

「ごめん、ついやりたくなっちゃって」


 旅人は謝りつつも、しばらく頭を撫で続けた。

 おかげでクローバーの頭はぐっちゃぐちゃになってしまったが、先程腕がもげそうなくらい振り回されたお返しとして、これでプラマイゼロだ。


「そうだ、まだ礼を言ってなかったな」


 クローバーは乱れた髪を直しながら旅人に言った。

 そのまま片膝をついた。こう言う形になると、旅人が彼を見下ろす形になる。


「俺の妹を助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。と言っても、僕は僕がやりたかったからこうしただけだから、君にお礼を言われる筋合いはないよ」


 旅人がそう言ったのだが、クローバーはそのまま跪いたままだった。


「いや、これは個人的なものとしてもあるが、一番はこの城下町の平和を守ってくれたことに感謝しているんだ。だからこれは、騎士団長としての礼でもある、どうか受け取ってくれ」


 そう言って跪いたまま、頭を下げた。


「わかったよ」


 こいつは頭が硬そうだ。なので旅人は先に折れることにした。


「さて、こう言う時は手の甲にキスもする必要があるのか?」

「やらなくていいよ」


 クローバーが突然爆弾発言をぶちかましやがったので、旅人は即答で断った。


「え、なんで断っちゃうんですか!せっかく…」

「クロア、やめて。お願いやめて」


 旅人は一生懸命クロアを止めた。クローバーは何が何だかよくわからないようだ。


「あ、そういえば」


 クローバーは突然言った。

 旅人はクロアの肩をがっしり掴んだ状態のまま、クローバーを見た。


「実は、この近くでちょうどひったくり事件があってな。それ関連でこの近くに来ていたからクロアの通報にもいち早く駆けつけることができたんだ。だがほっぽり出してきてしまって、もう一度戻らなければならないんだ。それから旅人さんとクロアにもその事件についてききたいんだが…今時間大丈夫か?」

「僕は別に」

「私も」


 二人は顔を見合わせて、頷いた。


「ありがとう。二人はこの事件について知っているか?」

「私は知らないよ」


 クロアは首を横にふった。

 それもそのはずだ、クロアは僕と出会った時反対の道からきていた。体の方向から予測するとそうだろう。


「僕は目の前で見てたから知ってるけど、話せること話そうか?」

「本当か!ぜひ頼む!」


 クローバーは旅人の方を掴んで詰め寄ってきた。


「わかった」


 旅人は頷いて、先程起こったことを全て話した。


「なるほど、だいたいわかってきたぞ、ありがとう」

「リュンヌとソレイユが解決してくれたなんて…と言うか二人もここにきていたんですね」


 クロアは独り言をブツブツと呟き始めた。

 リュンヌとソレイユの名前を知っていると言うことは、三人は同じ学校の生徒でもあり、知り合いということなのだろう。

 だがそこまで深く聞く必要はないな。きっとこれが最後だ。


「わかった、教えてくれて感謝する。俺はもう行かなければならないから…ふむ、何かお礼がしたかったのだが、何も思いつかないな…」


 クローバーは苦笑いを浮かべた。

 どうやら彼は頭が硬く、義理堅い人物のようだ。


「それじゃあ…そうだな、君に手紙を渡すときはどこに送ればいい?」

「騎士団本部に送ってくれれば必ず読むぞ」


 クローバーは不思議そうに旅人のことを見た。


「わかった、ありがとう」


 旅人は頷いた後、また席に戻って行った。


「またね兄さん」


 クロアはそう言って、旅人の後を追った。


「あぁ、またな」


 クローバと別れて、二人はまたオムライスを食べ始めた。



 しばらくして、二人はオムライスを食べ終えると白と黒の国から青の国につながる扉の前までクロアは案内してくれた。


「ここまで案内してくれてありがとう」

「いえいえ、お安いご用です。私も旅人さんとたくさん離せてたのしかってたです!そういえば、オムライスに食べるのに夢中になっていて忘れていましたが、旅人さんはこれからどこに行くんですか?」

「カルエムの町」


 クロアはとても驚いたような表情をしていた。


「旅人さんは、カルエムの町についての噂をご存知ですか?」

「噂?」


 聞いたことがない噂だ。聞いておいて損はないだろう。


「どんな噂なの?」


 旅人は思い切って聞いてみた。


「呪いの子、という噂です。その町には、夜中に誰かが町の中を彷徨くんです。それは男の幽霊という噂もありますが、女の幽霊という噂もあります。正直どれが正解なのか、答えは分かりません」

「呪いの子ね…」


 旅人が派遣される理由は、まさにこれだと思った。


「ありがとう、教えてくれて。何も聞かされずにカルエムの町に派遣されるところだったよ」


 旅人のその言葉を聞いてクロアはとても驚いたのか、目を見開いた。


「え、知らなかったんですか!?」

「うん、ノワール何も教えてくれなかったから」

「そうだったんですね…」


 クロアはふんふんと頷いた。


「それじゃあ、僕はもう行くよ。また機会があったらどこかで」


 旅人はそう言ってくるりとクロアから背を向けて青のゲートの方へと歩き始めた。

 クロアは旅人を止めることなく、またクロアも旅人とは反対向きに歩き始めた。


「はい、またいつか、どこかで」


 クロアのその声は、旅人の耳にはっきりと聞こえてきた。

 二人はそのまま振り返ることなく、静かにその場から歩き去った。

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