第6話
店内に入ると、まず目に飛び込んできたのは深緑色の落ち着いた雰囲気を醸し出した壁。それからダークヘリンボーンの床。パステルカラーのソファと、焦茶色の机が相まって、不思議と懐かしい気分になる。
店内はそこまで多くの客であふれてはいなかったが、それもまた、この店の醍醐味と言えるだろう。
カウンターには老人が立っていた。
きっと、この店の店主だろうか。
「おじいちゃん。オムライス二つください!」
「わかった。というかまた来たのかい。物好きもいるものだね」
おじいちゃんはそう言いながらも、なんだか嬉しそうだ。
これがツンデレというものだろうか。
おじいちゃんは裏へと消えていった。
「顔見知りなの?」
旅人が気になって聞くと、クロアは頷いた。
「はい、実は私、小さい頃から家族と一緒にここに通っているんです。なおんで、店主のおじいちゃんとはかなり前から顔馴染みです」
「へぇ…」
旅人はそう言いながら、店の中をぐるりと見渡した。
興味津々に辺りを見渡す旅人に、クロアはクスリと笑った。
「いいお店でしょう?」
「うん、そうだね」
旅人はクロアの目を見て答えた。
「さて、注文もすみましたし、そろそろ座りましょうか。ここのお店は自由に空いてるところに座るという決まりなんです」
「なるほど」
旅人は頷いて、クロアの後を追った。
クロアは迷わず、すぐに振り返ってまっすぐと進んだ。
そのまま座ったのは、店の一番端っこの、窓側の席だった。
「ここに座りましょうか」
「うん、いいよ」
旅人は頷いて、クロアが座った対面に旅人も座った。
「あ!そうだ、旅人さん!」
席に着いた途端、クロアが突然大きな声で旅人に声をかけてきた。
「そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえてるけど…どうしたの?」
「私!旅人さんにあったら聴きたいことがあって!」
あれ、なんだか見たことがあるシチュエーションだな、と旅人は思った。
「あ、というか私、旅人さんのファンでして…」
「あ、そうなんだ」
旅人は意外だと思った。
初見の反応で、あんなことをしてくる奴がいたのを旅人は知ってしまったからである。
「なので、いくつか聞いてみたいことがあって!」
「いいよ、これもさっきのお礼だよ」
旅人はそう思って、オムライスが届くまでの時間、クロアの質問に答えることにした。
「それではまず旅人さんの本名は!」
「本名…というか、名前自体がないよ。僕には名前がないから、みんなに好きなように呼んでもらってるんだ」
旅人がそういうと、クロアはどこからかメモ帳を取り出して何かを書き始めた。
もしかして、僕に何が何でも聞こうと思って書き溜めていたりでもしていたのだろうか。
それこそ、この世界の中枢を担う者、行政者のブランシュのように。
「なるほど…旅人さんには、何色の血が流れているんですか?」
「僕には、君たちと同じようにな体の作りはしていないんだ。だから、君たちと同じように色の血、
「なるほどなるほど…」
クロアはそう言って、メモ帳に書き込んでいく。
正直、僕のことを知って何が楽しいのだろうと思っているとこではあるのだが、本人が知りたいと言っているので、僕にそれを引き止める権利はない。
「旅人さんの好きな色はなんですか?」
「僕の好きな色か…やっぱり白と黒かな。僕の髪色なんだけど、やっぱりこの色が1番落ち着く」
旅人が答えると、クロアはメモをとる。
こんなことまで知って何になるのだろうか。
「これまで1番大変だった世界はどんな世界ですか?」
「そうだな…近未来の世界は大変だったな。ロボットに世界が乗っ取られて、人間を無差別に攻撃するようになって。結果的にロボットをハッキングしてどうにかなったんだけど」
「ふむふむ、興味深いですね…」
クロアはまたメモをとった。
「ちょっと僕からも聴きたいんだけど、なんで僕に興味を持ってくれたの?」
クロアはメモをとりながら答えてくれた。
「旅人さんは、逃げずに私たちに向き合ってくれた。この世界を救おうとしてくれた。その姿の憧れて、私も問題が発生した時は逃げずに立ち向かおうと思えたんです。なので、旅人さんに興味を持ちました」
「…そうなんだ」
少し、誤解が生まれているところがあるようだが、旅人は否定しなかった。
理由としては、今ここで彼女の言ったことを否定したとしても、多分信じてくれないと思ったからだ。
旅人はそう思いながら、彼女の次簿質問が来るのを待った。
「それではもう一つ。どうして、再度この世界に降臨なさったんですか?」
その質問に、旅人はなぜか即答できなかった。
一瞬言葉がつまって、どう答えればいいのかわからなくなってしまったのだ。
「…僕がこの世界に再度降臨した理由。それは…」
クロアの質問に答えようとしたが、旅人はそこで言葉を切った。
「お待たせしました。オムライスです」
おじいちゃん(店主)がオムライスを運んできてくれたのだ。
「ありがとう」
「ありがとうおじいちゃん!」
旅人とクロアは交互に礼を言って、オムライス受け取った。
「会計は食べ終えた後にお願いします。それではどうぞごゆっくり」
店主はまたカウンターの方へ戻ると、グラス磨きに戻っていった。
「それじゃあ早速、いただきます」
クロアは元気よく言ってオムライスを食べ始めた。
味わうことなくかなりのペースでオムライスを食べていくので、相当お腹が空いていたのだろう。
旅人はクロアをじっと眺めていると、クロアはそれに気がついたのか、ハッと気がついて、慌ててスプーンを机に置いた。
「あ、あんまりジロジロ見ないでください。ちょっと恥ずかしくなっちゃいますので…」
気まずかったのか、言葉までも変になってしまっている。
「ごめん、見ているつもりはなかったんだけど…」
「あ、た、旅人さんもオムライス食べて見てはどうでしょうか!とてもおいしいですよ!」
「あ、うん、そうだね。食べてみようかな」
気まずい。
旅人の頭の中にはその言葉しか浮かんでこなかった。
旅人はその気まずさを紛らわすためにオムライスを一口放り込んだ。
「ん!」
旅人はそのおいしさに思わず大きな声を上げてしまった。
一口オムライスを口に運ぶと、とろりとした卵が口の中であっという間に崩れ落ちてしまった。とろけた卵がバターライスと絡み合って口の中が溶けてしまいそうだ。
ほっぺたが落っこちてしまいそう、という表現は、まさにこのためにあるのだろうと旅人は悟った。
旅人はオムライスを頬張っていると、目の前から笑い声が聞こえてきた。
「ほっぺたがおっこちてしまいそうですよねー」
笑い声の正体はクロアだ。
「え、もしかして今、僕顔に出てた?」
旅人は驚いてクロアに聞くと、クロアは首を横に振った。
「いえ、出てませんよ。ただ、醸し出されてる雰囲気がそんな感じがしたので」
この子…まだ知り合って数日にも関わらず、もう僕の感情が読み取られるようになってきている…。
旅人は感心しつつも、もう一口食べようとすると、突然扉が荒々しく開けられ、扉の近くに取り付けられている鈴がチリンチリンと忙しなく音を立て、あれだけ静かだったお店の中が急に騒がしくなる。
一体誰がきたのだろうかと思い、旅人は上半身を伸ばせる限り伸ばして、入口の方を見た。
そこにはニヤニヤと薄気味悪く笑っている、金属バットや拳銃を持った覆面の者たちが入り口付近に突っ立っていた。
旅人はなんだか嫌な予感がした。
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