記憶の運び屋

紡月 巳希

エピローグ



それから一年。

アオイはイラストレーターとして、忙しくも充実した日々を送っていた。あれだけ描けなかったイラストも、嘘のように次々と脳裏に浮かび、思いのままにペンを走らせる。

個展の話が舞い込み、担当者と打ち合わせをするために、賑わうカフェにいた。

窓から差し込む午後の光の中で、ふと、あの「メメント・モリ」の匂いを思い出す。

静かに流れるレコードの音。時を刻む時計の秒針。そして、カイトが淹れる、あの特別なコーヒーの香り。彼の面影は、今もアオイの心の中に鮮明に残っていた。

あの出来事は、一生忘れることはないだろう。


「お待たせして申し訳ありません」

個展の担当者の声で、アオイは現実に戻る。

「では、よろしくお願い致します」

「またご連絡させて頂きます」

担当者と別れ、席に残されたアオイは、カップに残った最後のコーヒーを飲み干すと、静かに席を立った。隣の席では、若いOLらしき二人が楽しげに会話をしている。

「最近疲れてるのかな……仕事のミスも多いし。何だろうなー」

「記憶がごちゃ混ぜになってるんじゃない?そういう時はさ、喫茶メメント・モリに行ってみたら?最近、ちょっと噂になってるんだよ。そこ、記憶を整理してくれるって」

その会話に、アオイはわずかに微笑んだ。

彼女は、もう一人ではない。心の中に大切な二人との記憶を抱きしめ、彼女自身の人生を歩み始める。

アオイは、この世界の、そして自分自身の「記憶の運び屋」として、生きていくのだ。


      …Carpe Diem…。

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記憶の運び屋 紡月 巳希 @miki_novel

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