第19話 契約がない!

 登場人物


 村瀬 むらせまこと:46歳、派遣清掃員。10年以上、日雇いや派遣で生計を立てている。


 塚田 宗助つかだそうすけ:78歳、管理人。口うるさいが、町内では信頼されている存在。




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「今日で終わりです。次の契約は、ありません」


 昼休み、誰もいない倉庫裏で告げられたその言葉は、村瀬の中で何かを断ち切った。


 理由は伝えられなかった。だが、わかっていた。

塚田――あの老人が、「掃除が雑だ」「勤務態度が悪い」などと本社に苦情を入れたせいだ。


 それはたしかに一理ある。

 だが村瀬には、毎月ギリギリで支払っている家賃、止まりかけのガス、そして3日分の白米しか残っていない現実があった。



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 夜。

 ゴミ集積所の掃除をしている塚田が見えた。

 村瀬は、物置の裏に立てかけられた古いアルミバットを手に取った。

 重さはなかった。ただ、心の中に溜まっていた何かが、その瞬間だけ確かな“質量”を持った。


 老人が背中を向けた瞬間だった。


 ガンッ――!


 乾いた音が、路地裏に響いた。

 塚田は声も出さずに崩れ落ちた。

 村瀬はその場に立ち尽くした。血は思ったより出なかった。

 ただ、周囲の音が全て遠ざかっていくような感覚。



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 彼は逃げなかった。

 というより、逃げる理由がなかった。

 人生はもう、とっくに“打ち切られて”いたのだ。



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 エピローグ


 ニュースは簡素に伝えた。


> 「派遣打ち切りを不満に思い、高齢の管理人を暴行」

「加害者は46歳、前科なし。生活苦を動機に犯行に及んだ可能性」




 SNSでは犯人への非難と、社会への怒りが入り混じったコメントが飛び交った。


> 「弱者同士の潰し合い。本当に悪いのは誰なんだ?」


 静かな夜の町に、また別の派遣社員が今日も掃除にやってくる。

 同じ作業着、同じ無言の朝。


 何も変わらない。ただ一人が、見えなくなっただけ。



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