第19話 契約がない!
登場人物
村瀬
塚田
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「今日で終わりです。次の契約は、ありません」
昼休み、誰もいない倉庫裏で告げられたその言葉は、村瀬の中で何かを断ち切った。
理由は伝えられなかった。だが、わかっていた。
塚田――あの老人が、「掃除が雑だ」「勤務態度が悪い」などと本社に苦情を入れたせいだ。
それはたしかに一理ある。
だが村瀬には、毎月ギリギリで支払っている家賃、止まりかけのガス、そして3日分の白米しか残っていない現実があった。
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夜。
ゴミ集積所の掃除をしている塚田が見えた。
村瀬は、物置の裏に立てかけられた古いアルミバットを手に取った。
重さはなかった。ただ、心の中に溜まっていた何かが、その瞬間だけ確かな“質量”を持った。
老人が背中を向けた瞬間だった。
ガンッ――!
乾いた音が、路地裏に響いた。
塚田は声も出さずに崩れ落ちた。
村瀬はその場に立ち尽くした。血は思ったより出なかった。
ただ、周囲の音が全て遠ざかっていくような感覚。
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彼は逃げなかった。
というより、逃げる理由がなかった。
人生はもう、とっくに“打ち切られて”いたのだ。
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エピローグ
ニュースは簡素に伝えた。
> 「派遣打ち切りを不満に思い、高齢の管理人を暴行」
「加害者は46歳、前科なし。生活苦を動機に犯行に及んだ可能性」
SNSでは犯人への非難と、社会への怒りが入り混じったコメントが飛び交った。
> 「弱者同士の潰し合い。本当に悪いのは誰なんだ?」
静かな夜の町に、また別の派遣社員が今日も掃除にやってくる。
同じ作業着、同じ無言の朝。
何も変わらない。ただ一人が、見えなくなっただけ。
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