寝つきの悪い家族だったから、良質な睡眠に人一倍こだわる私たちは、もうずっと前から遮光カーテンを愛用している。


そのため、睡眠の妨げになるのを嫌って、2人とも遮光カーテンを隙間なく閉めて眠るのだが、昨夜の私たちはそれどころではなかったらしい。


どうやら、カーテンは大きく開いている。


そこから差し込む光と、喉の渇きとともに、自然と目が覚めた。


はっきりとは思い出せないけれど、すごく穏やかな夢を見ていたような気がする。


夜中に目覚めたときの悪夢とは違い、朝は穏やかな気持ちで目覚めることができた。


 "……と言っても、もうお昼過ぎか"


時計を見ると11時をまわったところで、まだギリギリ午前中と呼べる時間である。


ベッドサイドの壁にもたれたまま眠っている悠人の姿が視界に入った。


腕を組み、礼儀正しく静かに寝息を立てている。


相変わらず寝顔まで整っている私の弟は、女子生徒からキャーキャー騒がれるのも無理はない。


その黄金比は、この世界で最も綺麗な比率でできているんじゃないかと思うほど、女の私から見ても美しい。


 "ほんと、羨ましいわ"


そうはいっても、まだ15歳の悠人の顔は、ところどころにかわいらしい要素が残っている。



 「子どもみたい。」



柔らかそうな頬なんて、まるであのころのままだ。


微笑ましくて、つい少し笑ってしまう。


そんなことを無意識に考えてしまうほど、いつもと変わらず静かで優しい朝だ。


しかし、昨日の出来事がまるでなかったかのように思えたのもつかの間。

病院で借りた服を着たままの自分を見て、一気に憂鬱な気持ちが押し寄せてくる。


急に怖くなって、目の前にいる悠人にもう一度視線を戻した。



 「悠人……」



小さく呟いた私の声は、すぐに消えてしまう。


絶望するほどに無力だと感じて、たまらなくなった私は目をぎゅっと閉じ、恐怖が去るのをじっと待つように俯いた。



 「何?」



無力だったはずの私の言葉が届いていたことに驚いて悠人のほうを見ると、さっきと変わらず腕を組んで目を閉じたままだ。


それなのに、蚊の鳴くような私の声にちゃんと反応してくれた悠人は、いつだって私の存在に気づいてくれる唯一の弟だ。


その事実がなぜか少し切なくて、とてつもなく安心できて、いろいろな感情が入り混じった私は、結局泣いてしまいそうになる。


 "……さっきまで綺麗な顔して寝てたじゃない"


今だってピクリともしないくせに、なんで悠人はいつも気づいてくれるんだろう。



 「玲衣?」



ずっと返事をしない私のことを不思議に思ったのか、今度ははっきりと私の名前を呼んだ。


大きく開いたカーテンの隙間から差し込む光が眩しいのか、眉間にしわを寄せながら静かに目を開けてこちらを見る。


少し不機嫌そうな悠人と目が合った。



 「なんか怒ってる?」



 「いや?」



私の質問にそう返事をした悠人は、呆れたように力なく笑う。



 「自分でも驚くくらい、幸せな夢見てた。」



悠人はその夢を思い出しているのか、ずっと苦笑いを浮かべている。



 「じゃあ良かったね?」



 「いや……そうでもない。」



 「どうして?」



 「結構残酷な、しんどい夢……だったからかな。」



 "———どういうことだろう"


幸せなのに、しんどくて残酷な夢とはどんな夢なのだろうか。


昨夜からの悠人は、いつもより抽象的で哲学的な表現を使う。


 "そういう年頃なのかな"



 「難しい夢……だったんだね?」



私がそう言うと、悠人はひどく疲れた顔をした。


軽くため息をつき、前髪をかき上げると立ち上がって私のベッドに腰を下ろす。



 「なにも分かってないくせに、ほんと玲衣って鈍感だな。」



珍しく15歳らしいやんちゃな顔で笑いながら、私の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。



 「あ、そうだ。今日からしばらく学校休めるように、母さんに言っておいたから……その傷、治ってからのほうがいいだろ。」



悠人の右手が私の頬に触れ、親指でそっと唇の傷に触れる。



 「まだ、かなり痛い?」



 「ううん。もう痛くないよ。」



 「そっか。」



まるで自分が怪我をしたかのような、つらそうな顔で笑う悠人に、私はなんて声をかけたらいいんだろう。


 "どうして私よりつらそうな顔するの?"



 「他に痛いところは?」



 「ないよ。大丈夫。」



 「一人は、怖い?」



さっきまで私の頬に触れていたはずの右手は、いつのまにか私の手を握っていた。



 「怖くないよ。」



私より不安そうな顔をする悠人のほうが痛々しい。


これ以上心配をかけまいと、少しだけ無理をして笑った。



 「強がり。怖いくせに。嘘つくな。昨日、しばらくうなされてたよ。」



悠人は、なんでもお見通しのようだ。



 「だって……怖いって言ったら、悠人がずっとそばにいなくちゃならないでしょ?」



私が怖いと言ったら、悠人はきっと必ずそばにいてくれる。


でも私は、悠人の貴重な時間を奪いたいわけじゃない。


けれども、一人になると絶対に思い出す。


冷たい雨と、土の匂い。


そして、自分よりも大きな男の人が真上から殴りかかってくる、あの恐怖。


 "……嫌だ"


整理ができない、散らかった気持ちがまた私の心臓をえぐり始める。


俯く私の頭を撫でる悠人の手は、寝起きだからか、いつもより温度が高かった。



 「こんなときぐらい、一緒にいさせてよ。」



いつのまにか声変わりした低音の声が、心地よく私の耳に入ってくる。



 「ずっとそばにいる口実が、やっとできたんだ。もう少し堪能させてくれてもいいだろ?」



そう言って、いたずらっぽく笑う悠人のおかげで、少しずつ鼓動がおさまっていくのを感じた。



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