秒説

鈴北るい

デカ耳芳一の話

デカ耳芳一という琵琶法師がいた。彼はその琵琶の腕前と、デカ耳で知られていた。


デカ耳と言っても自前の耳ではない。竹の骨組みに紙を貼った作り物の耳だ。不格好でやけに大きく、表面になにかお経のようなものが書かれている。その耳は落ちないように紐でひとくくりにされているのだが、紐は芳一の顔の真ん中を横切り、頭の後ろで結ばれていた。

琵琶法師の常で、デカ耳芳一も盲目である。顔の真ん前を紐が横切っていても困ると言うことはない。だが、その耳といい、紐といい、目明きには実に滑稽だ。声をかけると耳を揺らしてこちらを向く。時折、かゆそうに紐の当たりをかく。そんな仕草も間が抜けていて、皆デカ耳芳一を面白がった。

ただ、このデカ耳芳一、滑稽な見た目に反して琵琶は抜群に上手かった。どうしてそんなに上手いのかと聞くと、デカ耳のおかげであるという。盲人はえてして耳が敏感になるものだが、大きな耳細工をつけることで、さらに音を大きく聞くことができるという。

「皆さんも音を聞こうとしたら耳に手を当てるでしょう。私にはそれは見えませんが、それと同じようなものでございます」

少しも同じではない、少なくともそんな風に滑稽ではないよ、と人々は笑い、笑いつつもその琵琶の音に聞き惚れた。デカ耳芳一の語る平家物語は実に巧みで、こと壇ノ浦での平家滅亡の下りとなると、人々はデカ耳芳一の滑稽な姿も忘れてその語りに聞き入り、涙を流した。


さて、デカ耳芳一はそのように各地を行脚していたのだが、ある時立ち寄った村で、何人かの若者がいたずら心を起こした。

「あの作り物の耳を外して、芳一をからかってやろう」

「普段からああして音を聞いているから、耳を取ったら音も聞こえなくなって、そりゃあ慌てるに違いない」

相談の末、デカ耳芳一が平家物語を始める前、人々が集まって期待が高まっているところでわっと出て行ってデカ耳を外し、慌てふためく芳一の姿をみんなで笑いものにしてやろうということになった。ちょうどその日は壇ノ浦の段で、人々の期待は最高潮であった。そこに冷や水を浴びせてやるのはさだめし面白いに違いない。そう、若者達は考えた。


結論から言えば、彼らの試みは成功した。もとより、失敗するほどの難しい計画でもない。実行者は健康な若者数人、相手は目の見えない琵琶法師一人である。

どたどたと駆け寄る音に慌てる芳一を押さえつけ、若者たちはすばやく芳一のデカ耳を外すと、高らかにそれを差し上げてみせた。皆はわっと歓声を上げた。そういういたずらを、実際にはやらないまでも、見てみたいというくらいの気持ちは誰にもあったし、そうされても仕方ないというくらい芳一のつけ耳はおかしかったからだ。


だが、声はすぐにうめきにかわり、やがて悲鳴に変わった。

つけ耳のデカ耳の下に、耳はなかった。

芳一の顔の横には、おそらく耳の穴であろう穴と、まるで乱暴にちぎり取った跡かのような傷跡だけがあった。

「耳を返していただけますか」

絶句して立ち尽くす若者達に芳一が言った。

「私の耳を返してくださいませ」

「こんなもの!」と若者は耳を芳一に投げつけると、逃げ出した。客ももはや芳一の琵琶を聞く気にはならず、我先に帰っていく。

芳一は手探りで耳を付け直すと、それから、逃げる機会を逸して座り込んでいる何人かの客に頭を下げると、改めて琵琶を奏で始めた。

誰も涙を流さなかった。

膝から這い上ってくる冷気は、哀れみだとか、悲しみだとか、恨みだとか、そんな言葉で語りうるものではなかった。

ただ、ただ、暗く、冷たい、二度と帰れぬ深い淵へと引きずり込まれていく……


デカ耳芳一という琵琶法師がいた。彼はその琵琶の腕前とデカ耳で知られていたが、この逸話が広まると、やがて耳なし芳一と呼ばれるようになった。

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