第5回
5
それを見た途端、僕らは言葉を失った。
目の前に、ふたりの人間の生首がプラプラとぶら下がっていたのである。
日も暮れかけた夕刻。
道すがら、零士さんから拳銃の扱い方を教わりながら歩いている最中のことだった。
あの竜人たちの、祭壇か何かと思われる石造りの小さな神殿の前に差し掛かったとき、零士さんがそれを見つけたのだ。
「――こりゃぁ、すげぇな。綺麗にすっぱり、切断さてやがる」
さすがの零士さんも眉間に皴を寄せながら、その樹上の枝から吊るされた頭の様子を観察していた。
慣れた手つきでその切断された頭部を持ち上げる零士さんの姿に、僕は言い知れぬ恐怖を感じる。
もちろん、切断された頭部を目にして死に対する恐怖もあったのだけれど、それ以上に、平気な顔でそれを検分する零士さんのほうが、まるで化け物かなにかのように僕には感じられてならなかった。
高瀬も眉間に皴を寄せながら、辺りを見回し、
「……おい、大丈夫なのか、こんなところで堂々とそんなことして」
確かに、ここは見るからにあの竜人たちにとって大切な場所に違いない。神に供物を捧げる神聖な場所。このふたつの頭部は、神に捧げられた生贄なのではないだろうか。
だとすれば、きっと近くにあの竜人たちがいるはずで。
けれど、零士さんはそんなこと気にするふうでもなく、スマホで誰の頭部であるかを確認する。
「――飯島隆、金井徹、脱落か」
これにより、残された参加者は僕らを含めて計六人。
残りの三人は、いったいどこに。
僕は改めてその頭部に目をやった。
うっすらと瞼の開かれた奥の光を宿さない瞳が虚空を見つめる。軽く開かれた口からは不揃いの歯が並び、その奥の舌は無惨に斬り落とされているようだった。髪も頭部を切り落とされた際に強く引っ張られたのか、四方八方に乱れていた。
――まるで映画かなにかで眼にするような、作り物めいたそれは、けれど間違いなく本物で。
それなのに、どうしてこうも現実味を感じないのだろう。
目の前にある死に恐怖を感じてはいるというのに、その恐怖すらまるで現実感を伴わない。
ここまでに何度も命の危険にさらされたというのに、それでもなお、僕は――
「ふたりとも、警戒しな」
突然、零士さんがホルスターから銃を取り出す。
「……銃を撃つときは両手でしっかり、だろ?」
高瀬もいつの間にか、あの拳銃を手にしていた。
僕も慌てて、拳銃を取り出し、構える。
ここまでの道中、零士さんは僕らに数発、銃を撃たせた。
反動に身体が持っていかれそうになるのを支えてもらいながら、数発目にはなんとか撃つことだけはできるくらいに構えられるようにはなっていた。けれど、ちゃんと標的に当てられるかどうかは、全く以て自信がない。
「無駄撃ちは減らせ。危なかったらすぐに逃げろ」
零士さんが口にした瞬間、近くの藪から偃月刀を手にした影が飛び出してきた。
その影に向かって、零士さんはためらうことなく、二度発射する。
影はそれを器用に避けると、長い柄の先に光る刃を大きく横に振るった。
寸でのところでそれを避けた零士さんはすかさず一発、その影の足下に弾丸を喰らわす。
けれど、それはそいつの足には命中せず、地面をえぐっただけだった。
その影は――人影はいま一度偃月刀を構え直し、一定の距離を保ったまま、横に移動するように足を動かす。
「――やるねぇ、黒崎さん」
そう口にしたのは、岡野為継だった。
二メートル近くはあろうかという高身長に、筋骨隆々とした広い肩と逞しい腕。地面をしっかりと踏みしめるその脚も極太で、ちょっとやそっとで勝てるような相手ではないのは一目瞭然だった。
「ありがとよ。けど、なんでいきなり俺を襲った?」
零士さんは岡野に銃口を向けたまま口にする。
「ライバルは減らす。当たり前のことじゃないか」
「そんなん、別に殺す必要はねぇだろ。動けなくすりゃぁ、すむ話だ」
「ところがどっこい、俺はそれだけじゃ足らなくてな」
「飯島と金井を殺ったのもあんたか、岡野」
岡野は当然、と口元に笑みを浮かべる。
「あのワニどもを血祭りにあげるためにな、エサが必要だったのさ」
「……エサ?」
「ああ」岡野は頷いて、「すぐそこにあいつらワニどもの集落があってな。手土産にこのふたりの肉を届けてやったのよ。で、ワニどもが肉に夢中になってる間に、皆殺しにしてやったってわけ」
「何やってんだか。そんな暇あるなら、さっさとこのゲームを終わらせればいいだろうが」
「冗談じゃない。せっかくの戦場なんだ。久しぶりに村ひとつ潰せるなら、そうするに決まってんだろ?」
僕はその言葉に、違和感を覚える。
――久しぶりに、村ひとつ潰せるなら。
この人はいったい、何を言っているのか。
その言葉を、額面通りに受け取るならば、この人は――
「この、殺人狂が」
思わず僕の口から言葉が漏れる。
岡野はそれを聞き漏らさなかった。
「殺人狂? 違う違う、アイツらは人じゃねぇから」
鼻で笑って、偃月刀を構え直す。
「――お前らと同じ、ただの獲物だ」
地面を蹴った岡野が、僕のほうへと突っ込んでくる。
僕は咄嗟に銃を構えて、照準を合わせようとして。
けれど、岡野の突き出した刃のほうが、引き金を引くよりも早かった。
「うわぁっ!」
僕は叫びながら後ろに飛びのき、命からがら刃をかわす。
そこへすかさず零士さんが銃を撃った。
岡野は一瞬にして方向転換して零士さんへと突っ込んでいく。
「――チッ!」
舌打ちする零士さんが、岡野に向かってさらに数発撃ち込んだ。
けれど、それを岡野の足は綺麗に避け、零士さんに向かって刃を振るう。
「危ないっ!」
僕は慌てて銃を構え、岡野に一発、引き金を引いた。
しかし、僕の放った弾は無情にも虚空に消え、そればかりか慌てたせいで僕の腕はもろにその反動を喰らい、衝撃で尻もちをついて倒れてしまった。
「零士さんっ!」
高瀬が叫ぶのと同時に放った弾丸が、カキンッと音を立てて刃に当たる。
それに驚いた岡野は跳ねるように後ろに飛びのき、
「やるじゃないか、お前」
瞬時に地を蹴り、今度は高瀬のほうへ突進していく。
「岡野!」
零士さんが三発放ち、そのうち一発が岡野の腕を掠めていった。
さらに弾を撃ちこむ零士さんに対して、岡野は横に転がるようにしてそれらを避け、密林の中へと逃げ込んでいく。
その間に僕は立ち上がって、さらに一発、今度こそはと両腕に力を籠め、引き金を引いた。
けれどその弾は大きくそれて、結局近くの樹の皮を少しばかりえぐっただけだった。
僕らは互いに背中を預け、どこから岡野が飛び出してきてもいいように警戒する。
それなのに、いつまで経っても岡野は密林からその姿を現さなかった。
或いは三対一では分が悪いと察して一旦退くことを選んだのか、それはどうにも判断できない。
「どうします、零士さん」
訊ねれば、高瀬も続けて、
「追うか?」
零士さんはしばらく辺りの様子を窺っていたのだけれど、一度肩の力を抜いて、
「――いや、しばらく様子を見る。警戒は解くな。アイツは隙あらばマジで殺しにかかってくるからな」
マジで、なんて言葉はもう今さら必要なかった。
僕らは確かに、あの男に殺されかけたのだ。
零士さんから拳銃を受け取って正解だったと、僕はこの時、初めて思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます