第3回

   ***


 それから数日が経過した。


 金曜日を迎え、土曜日が過ぎ去り、日曜日があっという間に消えていった。


 僕はその間、再びあの殺人ゲームに参加させられるのではないかと終始びくびくしていた。


 なかなか眠れない夜を過ごし、けれど迫りくる睡魔には抗えず、寝ている間に何かが起きたら、と思うと怖くてたまらなかった。


 一応何か武器になるようなものは身に着けていよう、そうすればもしかしたらあのゲームに再び参加させられたとき、多少は抵抗できるかもしれない。


 僕はカッターナイフをすぐ枕元に置き、うつらうつらしているうちに、いつしか眠りの淵に落ちたのだった。


 次に目を覚ましたとき、そこには見慣れた天井があった。


 僕の部屋だった。


 何事もなかったことに安堵しつつ、その翌日は大学用のバックパックにカッターナイフの他、近くのホームセンターで買ってきたロープやハンマー、のこぎりなんかを詰め込んだ。


 ……こうしてみると、高瀬が背負っていたパンパンのバックパックには、僕と同じように、たくさんの武器になるような何かが詰め込まれていたのだろう。


 たぶん、あいつも僕と同じだったのに違いない。


 あいつも誰かから『マーダーゲーム・トライアル』に招待されて、殺人ゲームに巻き込まれて、そして自分にも何か武器になるものが必要だと考えたのだ。


 ……だからって、この僕まであんなとんでもないゲームに巻き込む必要なんてなかったはずだ。


 僕は新たなるゲームに怯えながら、こんな目に遭う原因を作り出した竹瀬の奴を心の底から怨んでいた。


 次にあったら、必ず一発ぶん殴る。


 例えアイツの方が背が多少高くて腕に覚えがあったとしても、そんなこと知ったことじゃない。


 他人の命を何だと思っているのか、アイツは。


 そんなふうに悶々とした週末を終えた月曜日の朝。


 僕は普段通りにバスに乗り、大学近くのバスターミナルに降り立った。


 周囲は通勤通学のサラリーマンや高校生、大学生に溢れており、いつもと変わらぬ日常がそこには広がるばかりだった。


 そんな中に僕もいて、いつも通りに大学へ向かおうとしている自分が、まさかあんな殺人ゲームに巻き込まれていただなんて、いったい誰が思うだろうか。


 僕は大きく息を吐いて、バスターミナルから大学への道へと続く通路に足を向けたところで、


「……アイツ!」


 数メートル先を歩く、高瀬玲の後ろ姿に気が付いたのだ。


「おい! 高瀬!」


 僕は思わず声を張り上げ、駆け出した。


 その金髪頭が後ろを振り向き、ぎょっとしたような表情を浮かべたかと思うや否や、高瀬は僕から逃げ出すように駆け出した。


「お、おい! 逃げんな!」


 通行人にぶち当たりながら走っている分、高瀬は僕よりも走るのが遅かった。


 僕は人波をかいくぐるようにして人の少ないルートを駆け抜け、バスターミナルから出る手前で高瀬の背負うバックパックに手をかけ、思い切り手前に引っ張った。


「――うおっ!」


 高瀬が驚きの声をあげ、僕に向かって背中から倒れかかってきた。


 それを咄嗟に避けた僕は、尻もちをついた高瀬に覆い被さるようにしてその首根っこを掴んでやり、目を白黒させる高瀬の頬を思いっきりぶん殴った。


 ごきっ、と鈍い音がして、僕の手にも痛みが走る。


「なんてもんをダウンロードさせてくれたんだ、お前は! 死ぬところだったんだぞ!」


 僕は続けざまに高瀬の頭を大きく揺さぶった。


 高瀬は抵抗することなく、僕の腕を掴みながらにんまり笑って、

「――でも、生きてるじゃないか」


 さらにもう一発、僕は反対側の頬もぶん殴った。


 高瀬の両頬が赤く腫れあがるのを見ながら、僕は鼻息荒く、

「どうして嘘をついてまで僕を誘った!」


 すると高瀬はゆっくりとした動作で、襟首を掴んだままの僕の腕を軽く払い除けてから、

「……あのゲームに参加して、わかっただろ」


「なにが」


「あのゲームに、信じられる奴なんてひとりもいない。一緒に参加してるやつらは殺人者か、さもなきゃ自分の願いを叶えるために――殺人者を狩るために――他人を騙してまでポイント稼ぎに走る輩がいるような場所なんだぞ。ひとりくらい、信用できる仲間が欲しいと思ったって当たり前のことだろ?」


「だからって、なんで俺だったんだよ! 他にも仲の良い友達くらいいただろ! 僕とお前なんて、ただ同じ講義を受けているだけの関係でしかない!」


 僕は高瀬から離れて立ち上がり、痛そうに頬を擦る高瀬を見下ろす。


 高瀬は片膝を立て、地面に座ったまま僕を見上げて、

「いねぇよ、信用できそうな友達なんて。他の奴らは、ただ一緒にいるのが楽しいからってだけでつるんでるだけの連中だ。あんな軽い奴らのこと、信用できるはずがない。けど、お前は違う。アイツらと違って、慎重派だ。常に色んなことに思考を巡らせてて、一緒にゲームに参加できれば、それだけ生き延びるチャンスが増やせるかもしれない、あわよくばふたりで協力してポイントを稼げるかもしれないって思ったんだ」


「だったら、初めからそう言えば――」


 僕はそこで口を濁した。


 初めから本当のことを話したからと言って、それを僕が信じるはずが――ない。


 普通に考えて、あんな非現実的な世界で、非現実的な殺人ゲームに参加するなんて言われたって、「それ、いったいなんてゲーム?」と軽くあしらってしまうだけだろう。


 結局僕は、どう転んだって高瀬からあのアプリをダウンロードさせられたに違いないのだ。


 高瀬も僕が途中で言葉を切ってしまったことに、言わんとしていることを察したのだろう。


「だから、礼は言っただろ? アプリをダウンロードしてくれて、ありがとうってな」

 嫌味な文言ではあったけれど、その言い方は本心からの言葉だった。

「……悪いとは思ってんだ。関係ないお前を巻き込んだこと」


 それっきり、僕らは見つめ合ったままだった。


 朝の喧騒の中、見つめ合う男ふたりを、興味深そうに眺めながら、ヒソヒソ声で何か言葉を交わしつつ去っていく、ふたり組の女子高生。


 取っ組み合いの喧嘩をしていると思ったのか、なんだかそわそわしたおじいちゃんが、少し先から僕らの様子を窺っている。


 ターミナルの中にはどこどこ行きのバスが到着したとか、交通渋滞により数分の遅延が発生しているとか、そんな放送が流れていた。


 僕はしばらくしてから、深いため息を吐き、

「……高瀬。お前、なんであんなゲームをダウンロードしたんだ? お前も僕みたいに、誰かから招待されたのか?」

 助け起こそうと手を伸ばすと、高瀬は眉を一瞬潜めてから、僕の伸ばした手に掴まり、

「――俺は」


 その途端、甲高いファンファーレのような音楽が僕らの周囲に響き渡った。


「なっ! えっ! えぇっ!?」


 僕は高瀬の手を掴んだまま、驚きのあまり周囲を見回す。


 高瀬は「チッ」と歯噛みしながら舌打ちして、

「……ゲームだ」

 吐き捨てるように、そう口にした。


 瞬間、僕らの周囲を、あの透明な四角いブロックが包み込む。


「ゲームって、お前――!」

「話の続きは、向こうでだな」


 高瀬が僕の手を力強く握り返した途端、眩しい光が僕らを――

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