第50話 門前仲町と天使語録


 門前仲町もんぜんなかちょうは東京都江東区にあり、こちらもこれまでの二人時間で行った二つの銀座と同じで下町情緒があふれるエリア。


 多くの寺社や商店街、老舗の飲食店も多く、深川めしなどの名物もある。


「今日はここでカフェ巡りをするの?」

「ああ、門前仲町は古風な店や新しい店、和洋折衷色んな店が並ぶが、その中でも良い雰囲気のカフェが多いんだ」

「雰囲気?」


 雪野は小首を傾げる。


「ほらカフェって色々なこだわりがあるだろ? マスターが〜とか、焙煎が〜とか、客層が〜とか、全国チェーンの店には出せない個人経営ならではのこだわりがある喫茶店は貴重なんだ」

「ちゃんと美味しければ、良いと思うけど」

「そっ、それは……」


 身も蓋もないことを言う雪野。

 そりゃそうなんだが……まあ、ちょっぴりお子様な雪野にはまだ分からないか。


「なんか今……わたしのこと見ながら、ため息ついたでしょ」

「つ、ついてないって」

「ぜったいついてた。心の中で『これだから子供は』って感じで」


 なんで俺の心の中読めるんだよ……!!

 確かに少し思ったけど!


「わたしにだって分かる……カフェの雰囲気。わたしミルクコーヒー、飲めるし」

「え? ブラックは飲まないのか?」

「あんな苦いのイヤ。舌が溶ける」


 眉をひくつかせながら言う雪野。

 舌が溶けるってどんな表現だよ!

 美味い時に「舌がトロける」とかならまだしも、コーヒーの苦さで使う奴初めて見たんだが。


 相変わらずの天使語録に違和感を感じつつも、俺は駅からカフェに向けて歩き出そうとした……のだが。


「苦いのイヤ」


 散歩中に不機嫌になった犬みたいに嫌そうな顔で立ち止まる雪野。

 もしくは歯医者の前で駄々こねる子どもみたいな……おっと、これ以上は脳内を読まれるのでやめておこう。


「だ、大丈夫だって。それにほら、カフェにはスイーツもあるし!」

「す……スイーツ?」

「ああ、手作りのケーキとか」

「ケーキ……っ!」


 相変わらずメシの話になると一気に顔が晴れやかになる雪野。


「温森くん、今すぐ行きたい。スイーツカフェ」


 なんかいつの間にかカフェの前にスイーツが来てるんだが。

 雰囲気の良さを目当てにこの門前仲町まで来たというのに、雪野の目的ターゲットは完全にスイーツ一点張りになったようだ。


 まあ、それで機嫌が良くなるならそれでいいか。


「ほらほら雪野? 最初のカフェはこの大通り沿いにあるから、もう少し歩こうな?」

「うんっ……! 歩くっ」


 ご機嫌な声色で歩き出す雪野。

 散歩中に餌を与えることでやっと歩き出してくれた飼い犬を見ている気分だ。


 しかし……まさか雪野のやつ、カフェでケーキドカ食いとかしないだろうな……?

 俺はギュッとポケットの財布を握りしながら、じんわりと汗をかくのだった。


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