第40話 パン屋の誘惑
雪野が行くと決めた次の場所は——とあるパン屋だった。
「ここは……」
看板を見上げた瞬間に分かった。
戸越銀座で最も人気なパン屋であるイギリスパンの有名店。
ここは俺も良く知っている店であり、人気のメロンパンはよくテレビでも紹介されている。
「次はパンと来たか。確かにここは有名店だから行きたいと思っていたが……雪野は食べたいパンがあるのか?」
「目的があるわけじゃない」
「え、じゃあなんでパンを」
「パンなら無限に入りそう。もちもちだし」
なんとまあ偏差値の低そうな考え……。
雪野は食べ物のことになるとアホの子になってしまうのだろうか。
「あと、ここのパンは特別」
「特別?」
「うん。わたしの病気が治らなくてしょんぼりしてる時、お母さんはいつもここのメロンパンを買って来てくれた。外側がザクザクで子供が大好きな甘々な味のメロンパンが勇気をくれたの」
「そっか。お母さんが……」
雪野はほっこり明るく話してくれたが、ナルコレプシーが発覚するまでは暗闇の中を歩いているような気持ちだったに違いない。
あのクールな雪野のお母さんも、何とか雪野を元気づけようと頑張っていたのが、これまでの話からもよく分かる。
だが、こうして生き生きとしている雪野の姿をお母さんは知らないと思うと、切なくなる。
同時に申し訳なさも覚えるが、俺と一緒にいることが一つの希望ならば、俺はお母さんの分も雪野のために頑張らないとな。
「温森くん、早く入ろ?」
「お、おう」
俺と雪野は黄色い看板の店内に足を踏み入れる。
店の前に立つだけで濃厚なバターの香りがしていたが、こうして店内に入ると一気にパンの香ばしい匂いに包まれた。
店の壁際にズラッと並んだ多種多様なパンたち。
初めて来たのにどこか懐かしさがある店内のレイアウトはノスタルジックの塊だ。
俺と雪野はトレーとトングを手に取り、どのパンを買うか吟味する。
さっき唐揚げをガッツリ食べたから、デザートのつもりで甘いパンが食べたいな。
俺はメロンパンとリンゴのデニッシュを取った。
「雪野、このメロンパンがお母さんとの思い出の味なんだろ? それがまた食べれてよかった……な?」
隣でパンを取る雪野のトレーを見ると、そこには『カレーパン』と『ソーセージパン』が3個ずつ取られており、甘味要素が0だった。
「むふぅ……これがわたしのがっつりパンたち」
「思い出の味を食え!!」
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