また君に恋してる、昨日、今日、そして明日も

神尾信志

第1話 また君に恋してる、昨日、今日、そして明日も

 ハンカチで額の汗と首周りの汗を拭いた。首にかけた革製のストラップも汗で濡れている。ストラップで胸にぶら下げた小さなファイルを見る。9月12日と書いた紙片が差し込まれている。9月は夕方でもまだ暑い。

 ファイルの表カバーには、横方向に一本道の地図が書かれていて、左端が鮨梅、右端がエンゼルファミリーだ。店の看板を確認、間違いなし。店に入る。涼しい。

 カートに買い物かごを載せ、野菜コーナーに。ファイルのぬか漬けリストに、長芋、パプリカとある。その順にかごに入れる。だし巻き卵リストには、白だし、ミリンとある。隣の通路に移る。白だしはどこだ、あった、これだ。

 そこに髪を三つ編みにしたレディーが現れた。お花模様のワンピース、ハーフ顔の四、五歳の女の子だ。顔を輝かせて、私の顔をのぞき込む。そして、

「迷子になっちゃったと思ったよ」

と言う。

 私が、

「君が迷子なのかな」

と聞くと、

「私は迷子じゃありません」

と、唇を尖らせる。

 そして急に、両手をバンザイさせて、

「ママ、こっちこっち」

と私の後ろを見る。

 振り返ると、ショートボブに笑顔が輝くワンピース姿の若い女性が近づいてくる。額が広く小さな丸顔の美人だ。

 一瞬息が止まった。いかん、人妻に恋かよ。視線をそらせて、ミリン、ミリン、これかな。

「こっちの本ミリンですよ」

 その美人が私の買い物かごにミリンを入れてくれた。耳が熱くなり、胸の鼓動が高鳴る。

「何よ、そんなに赤くなっちゃって」

と言いながら、私の胸のファイルを開けて、指さす。

 写真が二枚、左が彼女の顔、鴇田里子(妻)と書いてある。右が女の子の顔で、鴇田花(子)とある。

 ファイルをもう一枚めくる。右に鴇田ジェイ(自分)の大書の下に、丸坊主に耳から耳までの手術痕が目立つ青い瞳の男の顔写真。これが私か。ニットの帽子に手を当てた。

 左に略歴とあり、三沢市児童養護施設出身、昭和五十八年出生、両親不明、平成三十年一月三日深川公園で暴走バイクと衝突し頭部外傷、若年性アルツハイマー発症、重度記憶障害の記載。

 下方に手書きで、「外傷性だから今後進行はしない。このファイルを使い元気に生きて下さい。はらクリニック 原大輔」との記載がある。

 里子が私の右腕を抱き寄せる。里子の左頬にも額から顎まで傷跡があった。それでも美しい。

 彼女が、

「ジェイ、大好きだよ。命の恩人だからじゃないよ」と云う。

 胸が一杯になる。また君に、今日も恋している。たぶん明日も。

 

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また君に恋してる、昨日、今日、そして明日も 神尾信志 @Kamiwo-Shinji

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