第2話
《タクミィィィ! 腹割って話そう?! お願い!》
画面を見つめていると、渋々と言った感じでそろりそろりと、文字が出てきた。
《……なに、うるさいな。作者に呼び出される設定あったっけ? 聞いてないんだけど……》
《聞いてないのはこっちだよ! 好き避けなんて、設定してないからねっ》
多分、タクミは頭を掻きながら、
《いや、俺のキャラ的に……》
「いや、キャラ的にってなんだよっ!? いや、確かに張本人だけどね?!」
ものすごい猫背になりながら、パソコンの画面に食らいつかんばかりに顔を近づけた。
《あんたが過去に傷ついているのは知ってる。だけど、だからってマミちゃんの気持ちと向き合わないのは違うと思うの。彼女のこと好きなんでしょ》
《まあ、うん。でも、俺なんかがって思うじゃん。マミ、可愛いし、クラスで人気だし。俺より似合う奴いるんじゃない? 避けてれば、諦めてくれるかなって……》
ああ、と恵は頭を抱えた。しっかり両思いじゃないの、そりゃそうだ、私がそうしたからね、と恵は自分の顔面を両手で潰した。ムンクの真似をしてないと、やってられない。
《違う! その、さもマミちゃんのためにって思ってるの、やめな。それ、自信がないだけじゃないの。マミちゃんの気持ち考えたことある?! あんたに嫌われてるって思って、苦しんでるんだよ。嫌われてるのかもって。可愛くないのかもって。好きな女子の自信、削ってんじゃねえぇぇぇぇぇ!》
画面は沈黙した。けれど、恵には分かる。きっと、タクミははっとしている。
《逃げるのは優しさじゃないからね。勇気、出せよ。私のためじゃない。あんたの好きなマミちゃんのために。あんたが動かないと、この物語は終わらないの。マミちゃんも報われないの。終わらない物語ほど苦しいものはないんだぞ! バカ!》
始末書、あんたが書くのか! という文字は打ち込まなかった。
《……本当に、俺のこと、好き……なのか》
《あんたは? あんたは好きなんでしょ。その気持ち、伝えようって思わないの? マミちゃんの気持ち、助けられるのはあんただけなんだよ。作者の私にも助けてあげられないんだからっ》
しばらく、画面には何も打ち込まれなかった。ふと時計を見ると、もう朝の3時だ。いつの間にこんなに時間が過ぎてしまったのだろう。
《わかった。俺が終わらせる》
「よっしゃー!!!」
恵は、タクミにちょっと待っていて、というと、的に向かって突っ込んでいく猪のように、カチカチとキーボードに指を落とし込んでいく。一瞬も止まらずに、一度も打ち間違えることなく、ただ一つのゴールに向けて、動かし続ける。
告白シーンへと、駆け抜けた。
集中力を切るように突然、スマホがバイブした。恵は飛び上がらんばかりにびっくりして、ドキドキする胸を押さえながら、スマホに出た。編集長だった。
「進捗、どうなってる?」
「……今、キャ、じゃなくて幽霊と戦っています」
電話の向こうが静かになった。しばらくして、ぽつりと返事が返ってきた。
「なるほどなあ。人ってこんな風に壊れていくんだなあ」
誰のせいでこうなってると思うんだ、と眉間に皺を寄せながらいると、
「安心しろ、始末書は用意しとくから。あとは、そうだな。お前の頭も用意しておけ」
「頭!?」
「土下座用だよ。じゃっ」
ぶちりと電話が切れた。
コンプライアンス……っ、を盾に戦ってやる、と恵は腹を括った。
タクミとマミに用意した告白シーンのための舞台は、王道の校舎裏。遠くから野球部の声が聞こえる中のことだ。すでにマミがドキドキしながら、西日に染まる鱗雲を見上げながら胸の前で指をぎゅっと組んだ、その時、足音が響いた。
マミは長い黒髪を揺らせて、振り返った。
恵はそーとキーボードから、指先を話した。頑張れ、二人とも、と膝の上に置いてあった伯方の塩の袋を握りしめた。
《あ、ありがとう。来てくれて。その、えっと、ずっと伝えたいことがあって……》
《うん》
《……好きですっ! ずっと、好きでした! 付き合ってください! お願いします!》
ふふふ、なんて元気な告白なのか、と恵はにやつく。さぁ、タクミ、どうするんだ、イエスだよな?! イエスしかないもんな?! と思わず塩の袋を持ち上げた。
「きゃっ」
タクミの返事が打ち込まれ初めてすぐに、恵は思わず袋の後ろに顔を隠した。ぎゅっと瞑った目を、片目だけ開けて、袋の後ろから画面を覗くと、そこには、
《うん。俺も好き……。お願いします》
「エンダーーイヤーー!!」
サビしかしらない名曲が思わず口から出た。抱えていた伯方の塩が盛大に舞って、どすっと鈍い音を立てて、床に落ちた。デスクチェアを倒し、その場で腕を広げてくるくると踊った。
二人は結ばれ、ハッピーエンド。始末書かかずに、私もハッピーエンドと、二つを合わせたハッピーセットに、ドーパミンが止まらない。
倒れたチェアを立たせて、恵は再度座ると、ティッシュを鼻に当てた。気づいたら目からも、鼻からも温かな水が溢れて止まらない。
「うん……うん、良かったあぁあぁ。やっ……と、報われた……やっと」
目の涙を拭き、ぐじゅぐじゅの鼻をかんだら、恵はキーボードの上に指を乗せて、二人の幸せそうな場面を書き出した。照れくさそうにする二人を書き切り、「完」の文字を書き込もうとしたときだった。
キーボードがカチャッと小さな音を立てる。
ふっと恵は目を閉じて笑った。きっと、ありがとうって書くんだろうな。タクミも可愛いところがあるじゃないか……、と、いいって、そんなと呟きながら目を開いたら、そこにはこう書かれていた。
《続きは?》
「ざっけんなっ!」
即、タクミの言葉を消して、キーボードをガンガンと叩きつけ「完」の文字を入れたかと思うと、これ以上ない早業で上書き保存からの、USBを引き抜いた。
「もう、二度と学園ものなんて書かないわっ!」
普通はありがとうでしょ、親の教育はどうなってんだ! 親って……ああ、私だった! と自分を呪いながら、恵は職場用の鞄にUSBを突っ込むと、走り出した。今ならチーターにも負けない気がする、と考えながら駅へと猛ダッシュした。
寂れた雑居ビルの三階の、これまたくたびれたドアを開け放ち、もうここに半分住んでいる編集長のデスクに突っ走った。編集長は、ちらりと壁時計に目をやって、息を切らせている恵を見ると、で? と先を促した。
「出来ました! 恋、作りました! 完成ですっ!!」
乾いた手のひらを恵に差し出して、突然、編集長はおえっとえづいた。
「くっさ、お前、なんだ、この臭いはっ」
はあ、はあと息する恵からUSBを奪いながら、息をするなと顔をしかめた。
恵はわざとはあと大きくため息をついた。鼻を摘まんで、編集長は必死に手を顔の前でパタパタと振った。
その様子に、ふふん、今回はこれぐらにしてやろうと機嫌良くなった恵に、編集長が涙目になりながら言った。
「まだ大手のチェックがあるからな」
え、と達成感に浸っていた恵はカチンと動きを止めた。
「あたりまえだろ」
「結局、まだゴールじゃないのおぉぉ!?」
恵の絶叫が、二人しかいない早朝の事務所に虚しく響き渡った。
完
そこの男子! 逃げるなっ! 餡純 @jun2025
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