第4話 そして熊本は――

1.椿咲の祈り、明かされる事実と近づく元凶

 6月18日・火曜日――福岡国、魔王城。


 いよいよ本日、ミントの救出に向かわれるのですわね……お姉様、ラーヴィ様、そして葵、まほ――


「どうか、無事に成功なさいますように……」


 わたくしは魔王城の礼拝室にて、静かに祈りを捧げておりました。

 特定の神を信仰しているわけではありませんけれど、祈るという行為に、神の存在は必ずしも必要ではありません。大切なのは、心を込めて祈ること――神を信じる方々は、その祈りを神へ向けるのでしょうけれど、わたくしはただ、願いを空へと託すのです。


「お祈りか? 椿つばや」

「あら、ルミィア。おはようございます」


 メイド服姿のルミィアが礼拝室へと現れました。今日は執務当番なのですわね。


「アウディを知らんか? どこを探しても見つからんのじゃが」

「……存じませんわ。もう、あんな方を本当にお父様だなんて、認めたくありませんもの」


 女性の心を踏みにじったような方など、わたくしには父と呼べません。

 わたくしが頬を膨らませておりますと、ルミィアは少し困ったような表情を浮かべました。どうなさったのかしら?


「……言うべきか迷っておったが、実の娘であるお主には、知っておいてもよかろうな」

「え? それはどういうことでしょう? 一体、何の話ですの?」


 思わず問い返すと、ルミィアは神妙な面持ちで語り始めました。


美沙みさがアウディにみさおを捧げたというのは、周知じゃ。じゃが、実際にはアウディはきちんと断っておる。ただの……『気持ちだけでも操を頂いた』と返したことで、美沙はようやく納得してのぉ――それが誇張されて広まってしまったのじゃ」


「……へ?」


 一瞬、理解ができませんでしたけれども……段々と、内容を反芻するうちに――


「はぁぁ!? そ、それでは、お父様は無実だったのですの!?」

「うむ。とはいえ、この話はつぐまでに留めておいてくれよ。一応、アウディは過ちを犯してはおらん。誤解を生んではおるがのぉ」


 ……なぜでしょう、心の奥がふっと軽くなったような気がいたします。


 よかった……お父様は、破廉恥なことなどなさっていなかったのですわね。


 けれど、それならば美沙様はなぜ……?

 それに、今お父様がご不在というのは――まさか?


 わたくしは福岡城の隅々まで調べ、マナの痕跡を探知してみましたが……

 お父様の所在を見つけることはできませんでした。


「はぁ……はぁ。ま、まさかお父様……熊本へ!?」


 けじめをつけるために、熊本へ向かわれたのでしょうか。

 ど、どうなってしまいますの……!? この一連の事件は!


□  ■  □  ■


 同時刻――熊本国。


 カビと埃、それに鼻をつくような独特な異臭が漂う中、ウチは地下牢の奥へと歩を進めてた。左右にはにぃにと瑠奈るな様、後ろにはお姉ちゃんとまほろちゃん、そして鮫鬼ふきお母さん。


 豪華メンバー勢ぞろいやね。


「カタコンベには一人で……なら、その手前までは大丈夫だろう」

「確かに、犯人から“どこまで”って指定はないわね」

「それに、犯人が”神石じんせき”に執着してるなら、、利はこちらにあるかと」


 ……そう。あの忌々しい小石を使って、ミントちゃんを無事に取り戻す。

 ウチの責任は重い。でも、覚悟は決めてる。怖がらん。絶対に。


 コツコツと、ウチらは足音を響かせながら奥へ進んだ。

 突き当たりに着いたとき、そこには凄まじい爪痕が残ってて、嘆きの気配が漂ってた。


「前来た時と変化なしか――」


 にぃにがそう言う。けど――


 ズズン! 奥の方から、重たい音が響いた。

 全員が即座に身構えて、周囲の気配を探る。


 すると、行き止まりだった奥の壁に空洞ができてて……


 その奥に、何かが続いてる?


『そこから先は、青髪の女だけで来い……』


 どこからか声が響いてきた。天井の管から……?


伝声管でんせんかん? 犯人から?」

「こちらの行動は筒抜けみたいね――葵!」


 お姉ちゃんがウチをぎゅっと抱きしめてくれた。

 すぐにお姉ちゃんの体が震えてるのが分かる。


 ……ごめんね。心配させてるよね。


 でも、大丈夫。ウチ、今朝にぃにからいっぱい勇気もらった。


「お姉ちゃん、大丈夫。ウチ、ちゃんとお役目果たして――ミントちゃん、取り戻すき!」


 ウチの決意に、瑠奈様も幻刃ちゃんも寄ってきてくれた。みんなの思いは一つ。


「……行ってきます」


 ウチはそっとお姉ちゃんから離れて、にぃにと向き合った。


「使い方は分かってるな?」

「うん、前にも使ったことあるき。ヤバい時は助けてね♪」


 ウチはウィンクして、にぃにとハイタッチ。

 すると、彼はちょっと驚いた顔して――


「……逞しくなったな。任せてくれ」


 でも、すぐに微笑んでくれた。

 逞しくかぁ……素直に認めてくれて……嬉しい!


 ここから先、相手はウチが一人になったのを狙ってくるかもしれん。

 絶対、油断はせん。


 振り向かず、ウチは開いた空洞を通って、その向こうへと足を踏み入れた。


*  *  *  *


「……これは」


 その先に広がってたのは――

 福岡にもある、地下大空洞みたいな、信じられんくらい広い空間やった。

 天井には、赤く光るマナ灯……やろか? 


 邪神、リリスが潜んでいた場所と構造が似ている気がする。

 阿蘇あその超古代人たちも、もしかして?

 かつてはここに避難してたんやろか? そんな想像がよぎる。


 中の様子を確認する間に背後から『ズズズ!』と音が響いた。

 振り向くと開いた通路が閉ざされていた。


 内外の移動手段は、カバンに入れた転移のスクロールを使う他ない。


 改めて内部を確認する。そして―― 目の前に広がってたのは、無数の墓。

 大小さまざまな形の墓石が、静かに、そして寂しそうに並んでて……


 まるで、誰かに忘れられた祈りの残響みたいやった。


「これが……カタコンベ?」


 かつての避難所に、あとからご遺体を埋蔵したのやろうか?

 地面には陽の届かん場所でも育つ草花やろか。

 暗くて色までは分からんけど、確かに根を張ってる。


 それに、離れた場所から水音が――そこには川が流れてた。

 幅5メートルくらいやろか……透き通った、清浄な水のマナを感じる。


 ここは墓地やのに、不思議と落ち着く。

 近くの墓石を確認するけど、ずっと丁寧に手入れされとるみたいやった。


 邪悪な気配はない……

 油山の霊苑とは違うけれど、ココはきちんと慰霊の処置がされてる。


 しかし誰が管理を……? ふと、そんな疑問が浮かんだそのとき――


 また、あの声が響いた。


『中央の祭壇に、“神石”を置け――』


 中央の祭壇。ウチは視線を巡らせて、天井のマナ灯の真下にそれを見つけた。

 四方には鳥居が立ってる。


 たぶん、東西南北の方角に合わせて建てられとるんやろね。


 ウチは胸いっぱいに空気を吸い込んで、腹の底から声を張り上げた。


「その前に! ミントちゃんは無事かぁ!? 無事な姿をウチに見せろ!」


 気迫を込めた叫びが、カタコンベ中に響き渡って、何度も反響する。

 その余韻が消える前に、もう一声!


「無事な姿を見せんのやったら! この場でこの石、ぶっ壊すき!」


 再び、声が反響する。 さっき幻刃ちゃんが言ってくれた言葉が、頭をよぎる――


『犯人が”神石”に執着してるなら、


 相手はミントちゃんの無事には関心は無いから、


 逆転要求が……できる!


 攫うまでは手際が良かったかもしれんけど、まさか逆に脅されるとは思ってなかったんやろな。 ウチの要求に、相手からの返事はなかった。


 ……過度な刺激は禁物。


 もし逆上されたら、ミントちゃんに危険が及ぶかもしれん。

 やき、ウチが一人で行くっていう最低限の条件は、のんだ。


 あとは――ウチ次第!


 ウチはゆっくりと、祭壇の方へ歩を進めた。気配を探ってみるけど、今のところ脅威や邪悪な気配は感じられん。カタコンベの中を風が抜けて、草のざわめきが静かに耳をくすぐる――まるで、誰かの囁きみたいや。


『“神石”を祭壇に置けば、姿を見せてやる』


 犯人からの返答が来た。


 次に何を言うべきか、頭の中で素早く組み立てながら、祭壇へと近づいていく。


 あと二十歩……その距離で、ウチは立ち止まった。


「まずは、ミントちゃんの姿を! そうすれば、要求を呑む!」


 緊張が、背筋をすっと駆け抜ける。すると――


『こちらの方が要求しているのだ! さっさと従え!』


 相手の声が震えてる? 声の端々から動揺がにじみ出てる。

 まさか、すんなりことが進むと思ってたんかな?

 それなら絶対に引いたらダメ!


「あ〜らら? それじゃあ、この石、いらんのやね? せっかく持ってきたのに?」

『仲間の命が惜しくないのか!?』

「そっちこそ、この石が欲しくないってことやろ!?」


 この声の主……。ド素人やね。

 念のため、足元の状態も探ってみる。


 トラップは……なし。周囲の気配も異常なし。

 準備する暇もなかったのやろか……?

 相手はこの石を取り戻すのに、相当焦ってると見えた。


 でも、油断したらいかんよ、おう豊湖でこあおい

 ここからが本番やきね。


 ウチはついに、祭壇の手前までたどり着いた。

 灰白色の石で組まれた四角い台座は角は少し丸くなってて、装飾はほとんどない。

 中央には掌ほどのくぼみが彫られてて、何かを捧げるための器みたいやった。


 ここに、小石を置けってことか……でも、ミントちゃんが先!


「早く! ミントちゃんを見せて! 二度とこの小石、手に入らんくなるよ!」

『くっ! うう! 仕方ない! わかった! だから、“神石”には絶対に危害を加えるな! あ!?』


 ……うそやろ? 言い負かせた!? でも、まだ油断は禁物ばい!

 それに、最後『あ!?』って、驚いてたけど……?


 そのとき――遠くから、誰かがこちらに向かって飛んできた。

 あのシルエット……!


「ミントちゃん!?」


 無事……やろか!? パッと見、外傷はなさそう。

 それに、あの跳躍力があるなら、身体は大丈夫なはず。


 ……よかったぁ。ウチは一気に安堵した。


 少し離れた場所に着地したミントちゃんは、任務帰りのままの緑の鎧を着てた。

 でも……マナの気配が、なんかおかしい。ぼやけてる。


 それに、ウチを見ても、どこか虚ろな目……それに、ボソボソと呟いてるのは――


「美沙様……何処? 美沙様……何処? 美沙様ぁ……どこですかぁ!」


 やっぱり、魅了の呪いで間違いない――!

 にぃにはなんとか支配されなかったけど、ミントちゃんは支配されちゃってる!


 早く解呪しなきゃ!


『さ! さあ! 要求は呑んだ! 早く“神石”をそこに置け!』

「わかった! 今から置くき!」


 ミントちゃんが魅了されとっても、ここまで引き出せた。

 今がチャンス。次の一手が、すべてを決める!


 ウチは意を決して、小石が入った小箱を祭壇のくぼみに置いた。


 その直後――


 鞄の中から―― 解呪のポーションを取り出して、ミントちゃんめがけて――


「ふっ!」


 思いっきり、投げつけた!

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