福岡国魔王女、夢崎月美

 七国王会議が終了し、各王はそれぞれ自国への帰還準備を進めていた。

 その中で、熊本国くまもとこく女王・くま藻乃もの美沙みさは、そっとアウディに声をかけた。


「アウディ様……ちょっと、お話よかといいですか?」


 その声は控えめながらも、どこか決意を秘めていた。


「ん? どうしたんだい、美沙……というより、は要らないよ。以前みたいに呼んでくれて構わない」


「え、ええと……つ、つい口に出てしもうたとよしまったの……」


 美沙は照れくさそうに頭をかきながら、はにかんだ笑みを浮かべる。

 だがすぐに表情を引き締め、真剣な眼差しでアウディを見つめた。


「それじゃ……アウディ兄さん。お願いごとがあるとよ」


「うん、どんなお願いだい?」


 アウディも、ただ事ではないと察したのか、微笑みを消して真剣な表情に変わる。


 そして、美沙が口にしたのは――


「噂の執事君……ラーヴィ君、ちょっと貸してもらえんかなくれないかな? 期間は2週間ほど……差し支えなかとない?」


 突然名指しされた人物の名に、アウディは一瞬だけ目を細めた。

 だがすぐに、穏やかな笑みを浮かべて答える。


「わかった。ただし、彼の意向を聞いてからでもいいかい? 命令よりも、彼自身の意思を尊重したいんだ」


 その言葉に、美沙はぱっと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


「えへへ♪ アウディ兄さん、ありがとう♪ ウチが直接お願いに、福岡に行きたいところやけどだけど……」


 目を伏せながら、国を空ける余裕はない事を、暗示させながらも、考えていた手段をそっと口にした。


「娘を、使者として使わすけん。いい? 兄さん……」


 アウディを兄と呼ぶ美沙。その表情は憂いと、情愛が含まれており、仲間の類ではないように見える。


「もちろん。問題ないよ。君の娘、瑠奈るなにも、いい経験になるだろう」


 そして、静かに――新たな物語の幕が開かれた。


□ ■ □ ■


 福岡国歴224年。6月9日の月曜日。早朝の6時。


 梅雨の時期特有の、しとしと雨が朝から降り注いでいる。


 アタシは夢崎ゆめざきつぐ

 福岡国を治める、魔王、アウディ・ヴィデバラン・夢崎の娘である、第一魔王女。


 ん~~~、この低気圧って、苦手。

 耳と脳が繋がる個所が、ズンズンと、寝起きの頭に広がる感覚……

 渇水よりはましなんだけどさ?

 気だるい、休み明けの登校に、ケッコーダルダルなテンションにしてくるぅ~!


「くぁ~、んま、休まんまないけどサ?」


 アタシは身を起こして、寝巻の締め付けを緩め、肩首のコリをほぐす。


 漆黒の長い髪を、櫛を使って、寝癖を整える。

 髪の毛の手入れは、寝る前から怠ってはいない。


 魔王女たるもの、身だしなみはしっかりとする。これは、アタシのポリシーだ。


 国を代表する、プリンセスなんだもの。

 朝の顔も戦闘態勢でなきゃね。醜態は、敵に見せる隙になってしまうきねからね


 髪を整えた後は、鏡で顔のチェック。

 パパ譲りの紅い瞳は問題なし。充血もなし、顔のむくみもなし。

 素手で、顔の様子をチェック。お肌の調子はまぁまぁね。

 洗顔所に向かい、キレイに手入れされた蛇口から水を出し、添え付けのコップに水を注ぎ入れる。


 一口含み、うがいをし、ぺっと吐き出す……

 舌先で歯の具合を確認しながら、歯ブラシでシャッシャとブラッシングをする。

 再び水を口に含んでうがいのあと、水をそっと吐き出す。


 ん~♪ 口内の調子は上等♪ つるつるピカピカ純白の歯♪


 後は洗顔。


 エンジニアのルミィアが開発した、『ふわふわ泡洗顔零號ゼロゴウ』の、ノズルを押して、きめ細かい泡の洗顔剤を、左の手のひらに受け止める。

 それを右手で合わせ馴染ませた後、顔にまんべんなく泡を広げ、顔全体をふわふわの泡で包み込む。


 プチプチっとした感触が、肌を心地よく包み込み、不純物がふわっと浮き上がるような、心地よい感触……

 ん~♡ アタシの肌、生まれ変わってるぅ~♡


 馴染ませた後は、しっかり水で洗い落し、ふわふわのタオルでそっと濡れた肌の水滴をぬぐう。


 すっぴん顔のアタシが、鏡の前に映る。


「……アイツは、これ……どう思うやろかかしら?」


 ふと、想い人が、今のアタシを見たら、どう思うのかが気になるけれど……


 乙女の朝に、余念はタイムロスなのだ。


 化粧水を適量、手に取り、洗顔後の顔に優しく馴染ませるように……こすらないように、肌へしみこませる。

 すぅっと、化粧水が馴染むのが分かる。

 ん~、お肌は乙女の武器なのだから、大事にしとかんとね。


 ファンデーションは、透き通るように肌に溶け込むような、アタシお気に入りのナチュラルカラー♪


 そいや、アイツってば……『月美は何もつけなくても、とても美人だが?』とか言ってたけどサ?


 その上を行きたいのが、乙女心なんやき? ふふ♡


 でも、大好きな、アイツから認められているのは、本当に嬉しい♪


 窓の外の雨音とは裏腹に、アタシの肌は晴れ模様♪


 さて、着替えようとしたその時――ドアをノックする音が……この気配は♪


「月美様、ご起床されておられますか?」


 アイツの声だわ♪ あは♡ アタシが大好きな……


 ラーヴィだ♪


 今年のバレンタインの直前で、アイツに恋していることを自覚してからは――

 バレンタインの時に告白して、その後も、妹の椿咲救出にも、命がけで協力をしてくれた。


 ……ほんと、命がけでね……

 死にかけたアイツを見て、胸が張り裂けそうな絶望をアタシに与えるほどにねぇ……ハハ。


 あの時、血に染まった彼の手を、アタシとその場にいた2人と一緒に、泣き叫びながら――

 マナも声も全部使って、必死に蘇生をしようとした――


 あの時の叫びは、今も耳に残ってる……ゼッテー忘れんきね!


 でも――彼は白銀の美しい短い髪にキリっとした赤い瞳。

 意思の強い、仲間思いで……無鉄砲だけど、超強い。

 彼の事を考えるだけでも、恋しちゃったアタシには、全てがかっこよく映る……


 完全に、ホレちゃったフィルターで、いいとこばかり見えちゃうんよね♡

 ――まあ、恋ってそういうもんやけど♡



 ……ただし、超朴念仁、天然タラシ以外は……



 アイツ、男女見境なく、無自覚に丁寧に対応するからなぁ……

 特に、ウチの城のメイド集は、彼に対しては、ファンクラブあるし……


 それに、ライバルである妹たちに、幼馴染の存在も、侮れないワ。


「はいは~い♪ 起きてるわよ~、ちょっと身支度中。そこでステイ☆」


 アタシはドアの方に向かって声を掛ける。


 やっば、ドア越しで声を掛けられただけでも、ドキドキする♡


 ……好き、大好き……アイツの事。


 アタシが起きてる事が分かると、ドア越しから――


「よかった。食事の準備は整っているから。いつでもリビングに……では」


 身支度中ともあるから、彼はドアから立ち去ったのかしら。


 ……ちょっと寂しいなぁ~?


 それくらい、アタシは、彼を愛してしまっている。


 ハンガーにかけられた、学生服を手にして、アタシは着付けをする。

 ピシッと整えられたインナーのシャツの上に、紅いブレザーを羽織る。

 スカートは濃紺で、アタシはミニ丈に整えてから、ソックスと、愛用のパンプスの状態を確認する。


 身支度完了♪


 カバンを手にして、部屋に飾ってあるメモリアルコーナーの……


 アタシのママの遺影に手を合わせてから――


月菜るなママ、行ってきます♪ 今日もアタシらしく♪ 頑張るき♪」


 ママに挨拶をしてから、アタシは部屋を飛び出した。


 今日は、一体なにがあるのかしら♪ 新しい1日にレッツゴー☆

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