🌪️第22首 吹くからに🌪️

 吹くからに

 秋の草木の しをるれば

 むべ山風を

 嵐といふらむ

(文屋康秀)


 駅前広場に出ると、突風がいきなり吹き抜けた。紙袋を持っていた人が思わず声を上げ、落ち葉と一緒にレシートが舞い上がっていく。


「うわ、飛んだ!」

「待って、そっち行ったぞ!」

 数人が駆け出して追いかけるけれど、風は容赦なく紙を遠くへ押し流す。


 バス停の列にいたおじさんが苦笑した。

「こりゃ秋風ってより、嵐だな」

「嵐? 大げさじゃないですか」隣の学生が笑う。

「いや、ほんとに。見てみろよ、あの木」


 指差された街路樹は、さっきまで青々としていたのに、今は葉がばらばらとちぎれて空に散っている。歩道に積もったばかりの葉が、さらに渦を巻いて道路に飛び出した。


「ほんとだ、すぐ枯れたみたいになってる」

「風だけで?」

「風だけでだよ。だから“荒し”って言うんだろ」


 その言葉に、誰も笑わなかった。みんな、納得したように視線を木々に戻す。


 ちょうど横断歩道の信号が青に変わった。だが渡ろうとした人々は、次の一陣に足を止められた。傘が裏返り、マフラーが宙を踊る。


「おいおい、押すなよ!」

「止まってるって! 風が強すぎるんだ!」


 押し合う人波の中で、誰かが小さくつぶやいた。

「自然って、すぐに形を変えるな」

「ほんと。ついさっきまで静かだったのに」


 ビルの谷間を抜ける風は、低く唸るような音を立てて通り過ぎる。その音に混じって、人々の笑い声や驚きの声が、不思議と調和していた。


 やがて風は、何事もなかったかのようにふっと止んだ。耳が詰まるような静けさが広場を覆い、みんな一瞬だけ動きを忘れた。


「……急に静かになったな」

「さっきのが嘘みたいだ」

「でも見ろよ、地面」


 視線の先には、さっきまで枝にあったはずの葉が、重なり合って厚い絨毯のようになっていた。


「吹かれたからこそ、残ったんだな」

「荒れるって、壊すだけじゃないのかも」


 誰かの言葉に、周囲が黙り込む。葉を失った枝の隙間から、街灯の光がまっすぐに地面を照らしていた。


 風が荒れるたび、街は形を変える。けれど、そこに立つ人々の声や足音は、変わらず積み重なっていく。


 次のバスが到着する音が響き、またざわめきが戻る。だが胸の奥に、さっきの嵐が残した透明な余韻だけが、静かに揺れていた。

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