あなたのばん

蓮村 遼

あなたのばんよ。

 身体が動かない。

 いや、正確には


 硬い広いフローリングのような場所に座らされている。

 私の趣味ではない、スカートや袖にフリルがたっぷりのゴスロリのピンクワンピースを着せられ、繊細な白のレースの靴下、丸い光沢のある黒のパンプスを履かせられている。

 顔は自分で確認できないが、古臭い濃い化粧をされている気がする。


 どうして分かるかって?

 この格好は、昔私が持っていた人形にそっくりだから。



 何もかもそっくりだ。



 ブロンドの緩い巻き毛が不揃いに千切られているのも。

 左の顔面は凹んでいるのも。

 右腕が不自然に曲がっているのも。

 右足の膝から下が無いのも。




 私がやったことだから、良く覚えている。




 私はこの人形が気に入らなかった。

 こんな古臭い感じじゃなくて、リカちゃんとかバービーちゃんとか、皆が持っているような可愛らしい人形が良かった。

 でも、母たっての希望でこのフランス人形みたいな物が買い与えられた。




 これは母に対する細やかな抵抗だった。

 何でも、子供を自分の理想に近づけようとする母への。

 特に母の思い入れの強い、この人形はただの八つ当たりに遭っていただけだ。




 私は今報いを受けている。




 目の前には、見上げるにも余りある巨大な人が立っている。

 いや、巨大ではない。

 私が人形サイズ、向こうは普通サイズの人なのだろう。



 そしてその人は、あの時八つ当たりした人形だ。

 綺麗なブロンドヘアにほつれ一つ無いワンピース、全て母が手に入れてきた時のような新品の様相で私を見下ろしている。




 人形の手が私に伸びてくる。

 瞬間、激痛と灼熱感がこみ上げてきた。

 私の右目には、裁縫針が突き立てられている。

 血が出ない。しかし、痛みは本物だ。

 左の手首から先が、人形の太い指先で簡単にすり潰される。

 悲鳴を上げるが、声が出ない。私の口は微笑を称えたまま動かない。声帯も人形特有のやや黄ばんだようなゴムとして、そこにあるだけだ。私の苦痛を第三者に伝える術はない。

 人形は次々私の四肢をおぞましい方法で害していく。




 遥か上空から人形が私を見下ろす。

 瞬き一つしないその瞳は、長年湛えた苦痛や恥辱を静かに私に注ぎ込んでいるようだった。




 私は、報いを受けている。

 甘んじて受ける他ない報いを。




 その瞳は語る。




 あなたのばんよ、と。

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あなたのばん 蓮村 遼 @hasutera

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