あなたのばんよ。への応援コメント
拝読しました。
子ども時代の小さな抵抗や八つ当たりが報いとして返ってくる構図は因果応報そのものですが、理不尽さも同時に感じさせるため余計に恐ろしいです。
母→語り手→人形という流れで、どうして語り手だけ罰を受けるのかと思ってしまいますが、そんなこと人形には関係ないわけで……。
理不尽といえば、血は出ないのに人間と同じように痛みだけ感じるおかしさも不気味です。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます。
因果を辿れば、その恨みや怒りの源は必ずあるとは思いますが、やはり直接害をなした存在が一番悪に感じると思います。
そいつの事情なんて知ったこっちゃないわけで。
血が出ないのに感じる痛みは、その人形が受けた侮辱のあらわれなのかもしれません。
如何に理不尽に、不気味に、胸糞悪く書けるかな、と思いながら書いたので少しでも伝わっていたのなら嬉しいです。
お読みいただきありがとうございました!
あなたのばんよ。への応援コメント
コメント失礼します。
昔から人形というのは人の厄を背負わされてきました。また丑の刻参りのように、呪いを媒介する道具としても用いられました。
人の形をした物は何であれ、性質が人に寄るのかもしれません。もし理不尽な仕打ちに遭った人形が自我を持てば、やはり復讐心が宿るのでしょうか。
今でも人形を粗末に扱うのは気が引けます。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます。
古くから人の形で人の側にあった物には、ナニカが宿る気はします。
『同じヒトガタなのに、どうしてアナタはワタシをいじめるの?』と思っても、それは必然かも知れません。そして、人の汚い部分も間近で見ているのなら、やはり模倣してしまうかも。
お読みいただきありがとうございます!