這いずって、新世界。

イソラズ

第1話 漠熱に抱かれて


 宇宙の中にポツンと、一つの星が浮いている。

陸地のほとんどは薄褐色の砂漠に覆われ、海の鮮やかな青色と、決して混じらないツートンカラーを作っている。


そんな砂漠と海の境界線上…、三日月型の海岸に沿うように、一つの都市国家が広がっている。


砂漠の中の科学都市であり、現在の世界の中心〝剣賀つるが〟。

 ……それがこの国の名前である。






◇◇◇



 太陽が沈み、夜が来る。


砂漠と海に挟まれた地に位置する剣賀つるがの夜は冷え込みやすい。

地域によっては、砂漠から吹き込む砂の粒子を恐れて、全ての建物が窓を閉め切る。


 だが、ここは剣賀湾に面した街であり、砂の心配はない。


国を構成する八つの都市の内の一つ、国内でも有数の発展を見せる、〝第四地区 白銀しろがね〟…。


巨大な三日月を描く剣賀湾に面しており、巨大な超高層ビルが建ち並ぶ都会だ。


 そんな都市の海沿いの道路の真ん中で、一人の男が黒い車に寄りかかり、煙草の煙を飛ばしていた。


「災難だったな、ボウズ…」


 煙草を口から離し、男は車の中に座る少年に声をかけた。

黒目黒髪の何の変哲も無い少年は、車の後部座席に座ったまま、開け放されたドアから流れ込んだ潮風を浴びていた。


〝鑑識…入ります…〟


男の胸に付けられた無線機からザラザラとした音声が流れた。


 男は刑事だった。


〝…被害者の息子を本部に連…て保護しろ…〟


「こちら羽沢、了解」


男は短くなった煙草を足元に落として踏み消すと、黒い車に乗り込んだ。

 海沿いの道路を進み、遠ざかっていく。

…事件のあった家から。



 を用いた、陳腐な強盗殺人だった。


徹底された管理社会である剣賀であっても、こうした事件は時々起こる。


手口には何の捻りもなく、確保された犯人は刑事達を前に、「殺してくれ」とのたまった。

 犯人は50代の無職の独身男性だった。

自分を養っていた親が死んで、自分一人では生きていけないと悟ったが、自殺をする勇気も起きず、長年溜めた世間への憎しみが爆発したのだろう。

あの様子なら、裁判が始まったら自分から死刑を求めるだろう。


『白銀でこんな事件が起こるとは…』


それが、羽沢の率直な感想だった。

剣賀の中でも白銀は治安が良く、この規模の犯罪は数年に一度あるか無いかだ。


 「火幻・・地区じゃあるまいし…」


いつもの習慣で思わず呟いて、ふと後ろに少年を乗せていた事を思い出した。

後ろの様子を確認したが、羽沢の呟きには低いエンジン音に紛れたらしい。

 少年は放心状態のまま、車に揺られていた。


 車は赤信号で止まり、羽沢はミラーの中の少年を見つめた。


寒々しい夜空の下、巨大な高層ビルの群れは、海を反射したようなターコイズブルーの光を放っている。


 ふと、ミラーの中の少年が羽沢と目を合わせた。

十五歳にも届かない内に両親を殺され、先程まで放心状態だった少年の目には、どす黒い怒りと怨みの色があった。


 羽沢はとっさに目を逸らした。

ふと見ると信号は青に変わっていた。


「ボウズ、自殺だの復讐だの、そんなことは考えるなよ」


羽沢は前を見つめたまま、少年へと話しかけた。


「怒りがあるなら、刑事になれ。…俺もそうした。」


 羽沢が再びミラーを覗いた時、少年の目は、先程までの激情を冷やすかのように冷たい夜の街に向けられていた。



 まだ浅い夜の中を駆け抜けて、車は目的地に到着した。


乱立する巨大なビルの内でも殊更目立つ、豆腐のような正方形の建物、統括安全とうかつあんぜん庁 白銀本部の前に車両を停めたまま、羽沢は息を吐いた。

何かを決心したような顔をして、息を吐いた。


「ボウズ、名前は何だ。お前の口から聞きたい。」


現場へと向かう際の無線で、既に大体の事は知っている。

年齢は十一歳、学校では知り合いが多く、成績は中の下、来年からは中等教育が始まる…。

 国からの援助があるのだから、羽沢が余計な節介をかける必要は……。


「僕、刑事になる」


今度はミラーを隔てずに、少年の真っすぐな目が羽沢を突き刺した。

自分も頑固な奴だ。仕事だと割り切ればいいのに、関わらずにはいられない。


 「あぁ、手伝ってやる」


少年は静かに頷いた。


「僕は相楽涼…、相楽さがらりょうだ。」





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