整服室殺人事件

兎霜ふう

第1話 殺人事件とハイエナ

 男が殺された。整服室フィッティングルームでのことだった。


神狩かがりさん! 例の事件、僕が担当していいですよね!」

「五月蝿い、服部」

 ばしりと鈍い一撃。重いデコピンを食らった僕はその場に蹲る。指をデコピンの形に保ったまま僕を見下ろすのは上司の神狩さんだ。ピシッと整ったカラスの羽色のパンツスーツに身を包んだ彼女は、フレームレス眼鏡の奥で冷たい眼差しをしている。

「手加減してくださいよ……」

 ズキズキ痛む額をさすって立ち上がると、神狩さんは次の一撃の構えをした。

「お前が静かになるのが先だ」

 凍てつくような彼女の視線。でも僕はめげない。このやり取りはいつものことなのだ。

「で、どうなんですか?」

 尋ねれば、神狩さんははぁっとため息をついた。

「お前がそう言い出すだろうと思ったからな、取っておいた。さっさと行ってこい」

「はい!」

 資料データが僕の端末に転送されたことを確認して、僕は部屋を飛び出した。

 会社を出て無人タクシーを拾い、その中で資料を確認する。空中に映し出されたタッチパネルを次々操作した。

整服室フィッティングルームでの首絞め事件……。今月二件目か。多い……のか?」

 先日起こった殺人事件。それは、整服室フィッティングルームと呼ばれる施設で行われた。

 買った服のデータを融合し、着替えることのできる整服室フィッティングルーム。家だけでなく駅構内や街中にも設置されている。出先からでも、データベースにログインしたらいつでも自分が買ったデータを使って着替えることが可能だ。それで、用事に合わせて、出掛ける店に合わせて頻繁に着替える人なんかもいる。

 整服室フィッティングルームでの着替えは、まず着たい服のデータを選択する。その後、ケミカルリサイクル可能なマイクロファイバーが体に合わせて射出され、服が形成される。

 殺人はそのシステムをハッキングして行ったものだろう。被害者は首を絞められて窒息死していたとのことだ。射出するファイバーのサイズ形成データを弄り、首が絞まるほどきつく襟元を形成したのだ。

 同様の手口での犯罪は他にも起きていて、警察は犯人を追って捜査しているとのこと。

 僕の仕事は事件の流れを追うこと。そして、できれば犯人についての発見をすること。

 申し遅れたが、僕の仕事は記者だ。五十年前に起こったデジタルビッグバン──情報化社会への革命──を生き残った、数少ない仕事である。

 かたんと慣性を感じ、タクシーが停まった。支払いを済ませて降りる。

「よし、まずはここからだ」

 僕が見上げたのは、事件が起きた整服室フィッティングルームの製造会社、フィッター社。取材依頼は先程送った。前日までのアポ無し、飛び込みだけど、誰か話をしてくれれば、或いは突き返されれば、その対応から得られる情報はある。記者ハイエナ──火事場荒らし──の悪名も僕にとっては誇りだ。

 僕はフィッター社製整服室フィッティングルームで着替えたスーツを正し、本社のドアをくぐった。

(続く)

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整服室殺人事件 兎霜ふう @toshimo_fu

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