有名探索者に発見されてバズったダンジョンの新エリア、実は俺が二十年前に見つけて配信してました〜おかげで俺も大バズりですが、おっさんになった今更もう遅い?〜

蓮池タロウ

第1話 そして俺はダンジョン配信者を辞めた。


 ダンジョン配信者。


 今や、男子小学生がなりたい職業ランキングの常連となったが(しかも、ダンジョン探索者とは別計上だ)、俺が学生の頃は、なりたい職業どころか、職業としてすら認められていなかった。


 しかし、いや、だからこそと言うか、ダンジョン配信は黎明期特有の独特な熱を帯びていた。若き日の俺はそんなところに惹かれ、ダンジョン探索者育成高校に入学、ダンジョン探索者資格を獲得後、ダンジョン配信者として活動を始めたのだった。


「こっ、こんダンわ〜……」


 繰り返しになるが、あの頃はまだダンジョン配信者という職業は認められていなかった。さらに言うなら、完全に舐められていた。よって、通りがかりの探索者たちは俺に冷ややかな視線を送るのが当たり前で、なんなら絡んでくる探索者もいた。


 おっさんになった今こそ鈍感になったが、当時の俺は羞恥心が強く、そんな環境ではまともに配信できなかった……今思えば、この時点で全く配信者に向いていないな。


 しかし、当時の俺はそこでは諦めず、それなら人気ひとけのないエリアで配信しようと上層を探し回った。

 実際に見つけたエリアは人っこひとりいなくて、そこなら緊張せずに配信できた、のだが……だからと言って、配信が成功するわけではない。


 配信の大半の視聴者数は0。時たま、配信に視聴者が来ても、



”ここどこ?”

”見たことない”

”こんな階層あるわけなくて草”

”この配信で検索かけたけど一致するダンジョンはゼロ”

”なんだAI生成動画か”

”おもんな”

”バッド押しとくわ”



 なんてコメントを残して去っていく。


 こんなことが二年ほど続き、バズる気配は一向に見えない中、ダンジョン配信では食べていけないということで始めた魔石採掘のバイトのほうで「正社員にならないか」と誘われた。


 その頃には、ダンジョン配信への熱はすっかり冷めていた。

 ……どれだけ冷めた目で見られようが、俺は普通の階層で普通に配信すべきだった。たかだか数百人のダンジョン探索者の視線から逃げるような人間が、何万人もの視聴者を抱えられるはずがなかったんだ。


 そして俺は、ダンジョン配信者を引退した。チャンネル自体を消去しなかったのは、未練でもなんでもなく、誰からも見られていないのだからそんな必要がないと思っていたからだ。


 しかし、二十年後、その判断のせいで、俺は波乱に巻き込まれることになる。



    ⁂




 ピピピピピピピピッ!


「おっ」


 魔石探知機が反応したので、俺はその点から少しずらしたところにピッケルを突き立てる。


 ダンジョンの壁はとにかく硬い。しかし、強く打ちすぎると魔石を傷つけてしまうので、コツコツと、慎重にピッケルを突き立てると、やがて心が無になっていく。


 幽体離脱して背後から自分を見ているような、自分が自分でなくなっていくこの感覚が、意外と好きだ。


「……いっ!?」


 と、手のひらに激痛が走って、意識が戻る。


 グローブを取って見てみると、豆が潰れて血が滲んでいた。

 俺も今年で四十歳。自己回復力も落ちてきている。回復師にかかりたいところだが、高いんだよねぇ……。


「おい、昼休憩とれ〜」


 と、現場監督の声に俺たち作業員は「うぃ〜」とうめく。ピッケルを台車に置き、代わりに弁当箱を持った。


 魔石採掘者。ダンジョンの壁に埋まっている”魔石”というエネルギーの源、かつ、魔物の源である石を掘り出す職業。

 

 危険なダンジョンでの採掘だけあって、給料はそこそこいい。俺みたいな学もない元ダンジョン探索者にとっては、少ない選択肢の中では最良の仕事だ。


「……さて、どこで食うかな」


 こんな独り言はただの独り身おじさんの悪癖のようなもので、結論は決まっている。


 魔石採掘用に切り開かれたこの坑道は土埃に塗れ、魔物すら寄り付きたがらない。かといって地上に出ると、我々採掘者は臭い汚いと忌み嫌われるので、それはそれで飯が不味くなる。


 よって、危険は承知で、俺は坑道を出てすぐのダンジョン道にもたれて、朝作ったおにぎりを頬張りながら、スマホを構う。数少ない癒しの時間だ。


 だが、ニュースサイトを見るのはあまりよろしくない。四十歳にもなると、社会が自分に味方をしてくれることなどほとんどないからだ。



【速報】新進気鋭のパーティ、『令和エイト』 東京ダンジョンの上層で新エリアを発見!



「……はぁ」


 こういったタイトルを見ると、嫌でも自分がおっさんになったと自覚させられる。


 新エリアを発見したってことは、多分すごい探索者パーティなんだろう。しかし『令和エイト』というパーティ名も、写真の人たちも初見だ。


 俺は『令和エイト』をDunTubeで検索する。登録者は100万人超。つい最近生配信をしていたみたいだ。速報とあったし、この配信で新エリアを発見したのだろう。


 アーカイブを開くと、親切なことにコメント欄に”新エリア発見 43:45”と書いてあったので、その時間に飛ぶ。


『きゃぁ!?』


『うぉ!? なんだ!?』


『……隠し扉!?』


『こんなとこに隠し扉があるなんて、私は知らなかったが……ノア、ダンジョン庁のデータを調べてくれ』


『……公式記録では、ここは行き止まりってことになってるわ』


『ということは……この先は、未発見の新エリア、ということか……!?!?』


 歓喜に沸く四人。未来ある若者が報われた瞬間なのだから涙でもすべきなのだろう……が、それよりも気になるところがあった。


(この扉……そう、だよな)


「なぁアキラ、やっぱ引き返そうぜ?」


 すると、ダンジョンに若い男の声が反響して聞こえる。


「駄目だ。まだ誰も踏み入れたことのない新エリアだぞ? しっかりと休息をとり、準備してから挑戦しよう」


 今度は若い女の声。俺は中腰になって、声の方に視線をやる。


「でもよぉ、他の探索者に先に入られたらどうすんだよ」


「……第一発見者が新エリアの初踏破の権利を持つ、と言っているだろう」


「いやだからさぁ、そんなルールちゃんと守る探索者ばっかじゃねぇって。新エリア配信なんて数字バカみたいに取れんだからよ!」


「確かにショウゴだったら絶対やってるよねー」


「当たり前だろうが! なぁノア! お前からもアキラに言ってくれよ!」


「……他の配信者はショウゴみたいにバカじゃないから、そんなことしたら大炎上して、短期的には良くても長期的に見たら悪手も悪手って分かってるでしょ。あと、この後アビスプロダクションの佐藤さんに会うから何にしても無理」


「お!? マジか!? ついに俺らもアビスに入団できんのか!?」


 俺の頭の上で灯る、なぜか何をしても消えないダンジョンの蝋燭火によって、四人の姿が照らされる……間違いない。


 まさしく今配信で見た『令和エイト』その人たちだ。配信を終えたのが二時間前だから……うん、やっぱり、あそこ、だよな。


 すると、四人組の中の紅一点ならぬ黒一点、唯一の男子のショウゴと目が合った。瞬間、上機嫌だったショウゴの顔から、ふっと感情が抜ける。


 とても人間を見る目ではなかったが、おっさんになるとこういうことは良くあるのだ。


「おいおっさん、邪魔だ。とっとと道開けろや」


「えっ?」


 この道幅からして、通るのに邪魔ということはないと思うが……まぁ、地べたに座り込んで飯を食うなんて行儀の悪いことをしているのだから、反論できる立場でもない。


「ああ、すまない」


 と謝ってその場をさろうとしたのだが、その前に「おい、何だその口の聞き方は! 失礼だろ!」と黒髪で背の高い女の子…アキラと呼ばれていた…が、ショウゴの後頭部を掴み、無理やり頭を下げさせる。


「申し訳ありません! こいつ、探索帰りでアドレナリンが出てしまっているのだと思います!」


「ああ、そうですよね。私もそう言うことよくあったので、お気になさらないでください」


 すると、アキラは目を丸くする。


「よくあった……ということは、今はダンジョン探索をやられていないのですか?」


「……そうですね。魔石採掘者をやっています」


「えぇっ!?」


 「そろそろ休憩が終わるので失礼します」と続ける前に、生意気そうなツインテールの少女が飛び上がって驚く。


「その歳で!? マジ!? 人生終わってんじゃん!」


「………………」


 あまりの言いように、アキラは怒ることさえできず呆然としている。


 ニュースサイトには彼らの”探索者ネーム”が羅列されているだけで、誰が誰のものかは分からなかったが、どうやらこの子が”メスガッキ”で間違いないな。


 あまりに酷い探索者ネームで虐められてるんじゃないかと心配していたが、むしろこれ以外ないってくらいピッタリだったんだな。


 すると、アキラの手を振り払ったショウゴが、鼻息荒くこう言った。


「な、アキラ、俺が正しかっただろ? こんな人生終わった底辺おっさん、全くモテてねぇんだろうから、俺が威嚇してなかったら今ごろお前ら襲われてたぜ?」


「うわ、きもきもきもっ。マジで間引いてほしいわおっさんとか!」


「……な、ななななっ」


 アキラがワナワナと震え出すと、ショウゴは「なんだアキラそんなに震えて、俺に惚れ直したか?」とドヤ顔する。


 どうやらショウゴは「勝者効果」を狙っているらしい。


 「勝者効果」。強いオスが弱いオスを攻撃し、メスがその強さに惹かれる行動。

 複数の動物種で観察される効果だが、俺のようなおっさんの場合、野生の動物なんか観察しなくても、「弱いオス」役として出演を強要されることが多々あるものだ。


 だから、こういう時に、女がどういう顔をするかはよくわかっている。メスガッキの愉悦の表情がまさしくそれだが、しかし、アキラの場合、どう見ても怒りに震えている。今時珍しい誠実な女性らしい。


「ねぇ、そんなおっさんどうでもいいじゃん。早く帰ろうよ」


 すると、少し離れてスマホを構っていた港区女子丸出しの若者、ノアが、ため息まじりに言う。


「俺も、そろそろ休憩時間が終わるから、失礼するね」


 俺はすかさずそう言うと、呼び止められる前にそそくさと坑道に逃げた。追いかけてくる気配がないので、歩を緩める。


「ふぅ……」


 しかし、なかなか酷いことを言われたわけだが……反論する気も起きなかったな。


 今の時代、社会的地位のないおっさんと言うだけで罪人扱いされることはそう珍しくない。


 そして、罪人の弁明を社会は聞かない。むしろ、罪人のくせに五月蝿いからと絞首台に連れて行く良い理由にされてしまうだけだ。


「しかし、どうしたもんかな……」


 俺は、スマホを取り出し、『令和エイト』の配信の続きを見る。扉の先にカメラが入り、確信する。


「この先って、俺が二十年前配信で使っていたエリアだよな……」


 上層なのに人気ひとけがないとは思っていたが……未発見だったのだから当たり前か。


「……はははっ」


 俺は思わず笑ってしまった。何とも俺らしいオチだったからだ。


 新エリア発見。ずっと低空飛行の俺の人生を見飽きた神様が、気まぐれに与えた最初で最後のチャンス。

 

 俺が令和エイトのようにダンジョン庁のデータを確認すれば気づけただろうし、俺に一緒に探索をする仲間がいたら教えれくれたかもしれない。何より、あのまま配信を続けていれば、誰かが気づいてくれただろう。


 そんな掴みやすい形をしたチャンスすら逃すとは……やはり俺は、成功すべき人間じゃないってことだ。


 ……正直に言えば、この二十年間、どこか、後悔というか、夢を諦めてしまったことへの罪悪感のようなものがずっとあった。


 だけど、これでやっと、夢を諦めてよかったと思える――なんていうか、スッキリしたよ。


「さて、それじゃあ仕事に戻りますかね」


 魔石のところに戻ってピッケルを握ると、痛みは耐えられないものでもなくなっていた。おっさんになって唯一良かったのは、痛みに鈍感になれたことだろう。

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