優しいモブは悪逆無道〜ゲーム世界のモブに転生したので、己の全てを賭けて負けヒロインを護ろうと思う〜
あおぞら@『無限再生』9月13日頃発売!
第1話 転生の記憶
「——君、大丈夫?」
木漏れ日が唯一の光源と言える、この鬱蒼と生い茂る森。時折狼に似たモンスターの遠吠えが聞こえる。
巷ではそこそこ危険と言われる森だ。
そんな大人でも危険な場所で、血に濡れる俺の目の前には——
「……生きてる?」
一人の少女が立っていた。
死の象徴とすら呼ばれるカラスのような濡羽色の髪を靡かせた、美しくも儚げで、モンスターよりも恐ろしい少女。
そんな彼女の傍らには、俺を襲ったモンスターの死骸が転がっている。
狼型のモンスターで、首が綺麗に断ち切られていた。
「きみ、は……」
「私のことはどうでもいいでしょ。それより、早く止血しないと」
そう言って俺の前にしゃがみ込んだ少女は、ビリッと自身の外套を破って手際よく止血作業を行う。
少女が身体を揺らせば、肩辺りまで伸びた髪が、木漏れ日にあてられてキラキラと輝きながら揺れていた。
「……これで、よし」
「……ありがとう」
俺は失礼だと分かっていながらも、彼女の顔を凝視する。目が離せなかった。
「一応止血はしたから、失血死はしないと思……何?」
俺の視線に気付き、訝しむ少女。
やはり、生まれてこの方見たことのない、初めて逢う少女だった。
だが、初めて逢ったはずの少女を——
——俺は知っていた。
正確には、今思い出した。
まるで堤防が決壊したダムのように、頭の中を情報の濁流が押し寄せてきたのだ。
——彼女のことも、この世界のことも、自分自身のことも。
思い出したことをざっくり説明するなら、まず俺は——転生者だ。
そしてこの世界がゲームの世界であり、目の前の少女はゲームのヒロインで、俺は名前しか出てこないただのモブということ。
確かに今まで既視感を覚えることが何度もあった。それも数え切れないくらい。
だが、思い出すことはなかった。まるで記憶にロックが掛かっているかのように出てこなかったのだ。
しかし、思い出せなかった理由が分かった。
目の前の少女こそが——その開かずの記憶を開ける鍵だったのだ。
まぁそりゃそうだ。
彼女はゲームの中の住人でありながら——前世の俺の恩人だったのだから。
前世の俺は、彼女に生かされていた。
ゲームの中のキャラに何を想ってんだ、と言われるだろう。自分でさえ自分の不安定さは自覚していた。
でも、それでも——
彼女こそが——俺の生きる唯一の原動力だったのだ。
「……ねぇ、聞いてる?」
少女——シアラが再三が覗き込んでくる。
心配そうな表情の彼女を見ていると、ズキッと胸が痛んだ。怪我とは違う、全てを知るが故の痛みだった。
「……あ、あぁうん。めちゃくちゃ痛いけど……なんとか。ただ……君はどうしてここに?」
俺は嘯いた。理由なんて知っているのに、知らないフリをした。
ただ、これが最善で、最良の選択だ。
実際、彼女は俺の言葉を疑うことはなかった。
「何って……鍛錬だけど」
「こんな場所で? 一人だと危ないよ?」
「それは君もでしょ」
「俺は護衛の騎士がいるから。多分今頃探してるよ」
これは本当だ。
俺はこれでも子爵家の次期当主。数人とはいえ護衛騎士が付いている。
「……君、貴族なんだ」
心做しか……というか絶対言葉に険というか棘が籠もっている。
ただ、それも仕方ないことだった。
何しろシアラは孤児であり、合計四人の弟と妹を養うために自らの人生を諦めたのだ。
そんな彼女にしてみたら、将来の生活が安泰である俺が憎たらしく思うのは必然というものだ。
だが——俺は知っている。
「……まぁ、二年ちょっとで没落の運命だけどね」
「…………え?」
俺の呟きに、シアラが驚いた様子で声を漏らした。
黒曜石のような瞳には困惑が宿り、血に濡れた俺を映している。
「……それは、どういう意味?」
「どういう意味だろうね」
「……何それ。教えてくれないってわけ?」
シアラが、こちとら命の恩人だぞ、と言わんばかりにジロッと睨み付けてくる。
その姿は、俺の知る彼女より子供っぽくて可愛らしかった。
だが、幾ら命の恩人と言えど、教えてはあげられない。
なぜなら——
——俺の家は、彼女の手によって滅ぶからである。
二年後の話だ。
原作では、12歳となったシアラの暗殺者としての最初の仕事こそ——俺、ダルム・フィルガルムを含むフィルガルム一家の暗殺だった。
しかも、最初の被害者は——俺だ。
だが、悲観なんてしない。
それどころか、ダルムに転生したことに喜びすら覚えている。
だって——俺なら彼女の心を護れるのだから。
ゲームにおいて、シアラは暗殺者で才能はあったが、如何せん優しすぎた。
俺を助けてくれたのはもちろん、暗殺者になったのだって弟妹を養うためなのを鑑みれば……彼女が心優しいことなど一目瞭然。
加えて、本当なら忘れたいはずの殺した人数と全員の名前を覚えているのだ。
そんなことをしていれば、当然ながら彼女の心は人を殺せば殺すほどすり減り、罪悪感に押し潰され——心は蝕まれ壊されていった。
しかし、今は違う。
ゲームでは彼女の味方は一人もいなかっただろうが、今は原作を知り、全面的に味方になろうとする俺がいる。
ならば——
——シアラに一人も殺させないことだってできる。
荒唐無稽なことを言っていると思うだろう。
現実味のないことを宣っていると思うだろう。
だが——俺なら出来る。
いや、違うな。俺だから出来る、の方が正しい。
原作知識を持ち、最初に彼女の手によって殺されるダルム・フィルガルムに転生した俺だからこそ——彼女の心を護れる。
既に頭の中で計画は思い描けている。
ただ、もしこの方法を実行するとなると……俺は相当な覚悟しないといけない。
彼女の代わりに——いや彼女以上の悪逆無道の業を背負う覚悟を。
「——ねぇちょっと、話聞いてる?」
「あ、あぁ、なんの話だっけ?」
シアラは、思案するのに必死で聞いていなかった俺へ問いかけてくる。
俺は、ごめんごめん、と謝りつつ彼女の方を向けば。
「全然聞いてない……君の名前は何って聞いてるんだけど?」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せたシアラが口を尖らせていた。
やっぱりその姿は、俺の知る彼女より子供っぽく、純粋さを孕んでいた。
でも、それでいい。それがいい。
本当の絶望を、恐怖を、苦しみを知らない無垢な姿の彼女こそが本当の彼女なのだから。
だから、どうかこれからもそのままの姿でいてほしい。
そのためなら俺は——
「——いつかまた会ったら、その時話すとするよ」
——全てを捨てられる。
例えそれが——
——貴族の地位であったとしても。
——愛しい両親であったとしても。
——親しい友人であったとしても。
そして——
——己の命であったとしても。
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新作です。
なんと、作者にしては珍しく、大分シリアス強めな作品です。
所謂味変というやつです。
とはいえ、コメディーが一切ないとも言わないし、ぶっ飛んでいる主人公という点は相変わらず変わらないんですが。
これから更新頑張りますので、☆☆☆とフォローを是非ともよろしくお願いいたします。
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