if ~もしもあの時~

縞間かおる

第1話 あの日、フードコートで

 もしもあの時……

 コーヒーを飲もうとフードコートに立ち寄らなかったら……

 キミのに小突かれてワイシャツをコーヒーで汚す事も無く、キミからお詫びのたこ焼きを貰う事も無かったのだろう。


 あの時、オレは……上手く行かない仕事の事でいっぱいいっぱいで……汚されたワイシャツの事を大人げなく怒ってしまったね。

 そう、キミは何の悪気も無かったのに……

 あれは事故だったのに……


「ごめんなさい!」

 キミは申し訳なさそうな顔で謝りはするけど……コーヒーが零れて「ヤベエ!!これから謝りに行かなきゃなんねえのに!!得意先からコーヒー飲んでサボってたと思われちまう!」ってオロオロするオレの姿が余程可笑しかったんだろうな……


「エエ~?!サボってんじゃん」って屈託なく笑いやがった。


 だからオレはヒートアップしてしまったんだよ。

「JKにまでバカにされた!」って

 うっかり声にまで出てしまって……

 なおさらコロコロ笑われた。

 その笑い声は……『キラキラ眩しくパンッ!と弾ける』

 そんな感じだった。


 その輝きに圧倒されそうで

 それを押し返したくて

 声を荒げたのに

 キミと来たら!

 ビビリもしない。


 キミが目の内に

 「キャンキャン吠える子犬に向ける様な

 呆れと諦めの色を浮かべた」のを

 オレはキチンと受け止めて

 早々に立ち去るべきだったんだ!

 そう!

 みっともなく尻尾を巻いて逃げたっていいじゃないか!

 そうしたら

 キミをオレなんかの事で辛くさせる事は無かった!

 オレのこの胸も張り裂ける事は無かった。



 ◇◇◇◇◇◇


「どうしてくれんだよ! これ!!」


「派手に零れたけど、カップの中にまだ半分はあるみたいだよ」


「そんな話じゃねえ!! ワイシャツに付いたシミの事を言ってんだ!」


「ああ、それね。ちょっとボタン外して前をはだけてよ!ダスター借りて来るから」


「んなにぃ?!!」


「シミ取りたいんでしょ?!」



 ◇◇◇◇◇◇


 怒りとイライラで指が震え、ボタンを外すのにと“このJK”はピンクの雑巾を持って戻って来た。



「なに恥ずかしがってんの?!恥ずかしがるのはこっちの“役目”の筈なんだけど……」


「お前なあ!!」


「『お前』って名前は無いよね! 私、花の音って書くかのんって名前なんだ!あなたの事はなんて呼ぶ?!」


「ケッ!オジサンでいいよ!」

「だから!!なんて呼ぶ?!」


 オレはため息混じりで止む無く答える。

「……ゆうじ」


「どういう字?」


「オスに


「ツカサ??……ああ、司会の“司”ね!オトコらしい名前じゃん!」


「何、からかってんだ!!」


「ちょっと!それ困るんだけど!! ワタシ、人様の名前をからかうなんて絶対!!しないから!」


「うっ! それは……悪かった……」


「それだけ?!」


「他は何もねえ!! 第一、オレは被害者だ!!」


「そんな事言い出したら私だって被害者だよ! 大人の男のセミヌード見せられ、暴言を吐かれながらシミ抜きさせられてんだよ」


「誰がセミヌードだ!!」


「だって零れたコーヒーでTシャツ透けてんじゃん!」


「はあああ??!! こんなの透けてる内に入るか?!」


「それは雄司の主観じゃん! ワタシにとっちゃセクハラなんだからね!」


 笑いをこらえながらこんな事を言うコイツに……オレは手玉に取られてる??

 いや!いかん!『コイツ』とか言うとまた“花音”からツッコまれる!


「う~ん!やっぱ完全には抜けないなあ~仕方ない!」


「お前!仕方ないで済ますのか?!」


「そんなに慌ててスゴまないの!とにかく一度洗濯してみてよ!ダメだったら弁償するから連絡して!」と自分のスマホのQRコードを出してオレに示した。

 オレはため息をついてスマホを立ち上げると……もう4時前だった。

 ヤベエ!!遅刻する!!


「とにかく仕事の約束あるから行くわ!」


 慌ただしく立ち上がると「ちょっと待って!」と留められた。


「これ!お詫び!」と差し出されたのは楊枝に刺された1個のたこ焼きと紙コップのお水。


「まだ熱いから気を付けて! 大丈夫! ワタシ、口付けて無いから間接キスにはならないよ」


「そんな心配はお前がしろ!」と言い返すと花音は「そりゃそうだね」とクツクツ笑った。



 ◇◇◇◇◇◇


 結局、得意先からは怒られたし不愉快な事は思い出したくもなかったから……ワイシャツのシミは完全には抜けなかったけど放ったらかしにしていたのだが……ある日スマホが鳴って見てみたら花音からメッセが入っていた。


『シミ抜けた?』


『少し残ってる』


『お金できたから弁償するよ』


『バイトか?』


『オトコ抜いて来た』


『何?! それ盗人じゃねえか?!』


『なんか勘違いしてない?ワタシ、男とネても財布は抜かないよ』


 このメッセが画面に浮かび上がった時、思わず読み返して大きくため息をついた。


『大人をからかうな!!』


『オトコじゃなくて?^m^』


『大人の男をだ!!』


『別にからかってないよ!ふつーにホントだもん』


「あり得ねえ……」とオレは独り言ちる。


『いい加減にしろ!!』


『(๑❛ڡ❛๑)テヘペロ☆ とにかく一度会ってよ!P●yP●yで送金するのもなんだしさ!』


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