017 ロマンティックな男は合理的に行動する。




 咲子さんの幼馴染、鷹野光一の家は意外にも落ち着く空間だった。

 イタリア料理のシェフらしく、清潔で整頓されている。几帳面な性格がそのまま表れているようだった。


「それで? 光一君。話って?」


 彼はダイニングの椅子を勧め、落ち着いた声で口を開いた。


「先日、店で騒ぎを起こして迷惑をかけたから、ほとぼりが冷めるまでイタリアに修行に出されることになった。もちろん、春菜も一緒に行くことになってる」


 そこで言葉を切り、真っすぐに僕の目を見た。

 明るい髪色に意志の強い眼差し――ライオンのような子だと思った。

 こちらの意図を探るように見据えたかと思うと、次の言葉を直球で投げてくる。


「咲子と将来を考えていないのなら、今のうちに手を引いてください。咲子を一人にするわけにはいかない。だから、一緒に連れて行こうと思っている」


 まあ、それがこの一連の騒動の落としどころだろう。

 いくら法的に縛ったところで、高橋容疑者のような男には効果はない。

 光一君は、決して愚かではなかった。だが――。


「君は巻き込まれただけだろう? なぜ咲子さんを、そこまでして傍に置こうとする?」


 光一君は少し考え込み、それから静かに答えた。


「あの件は、咲子のせいじゃない。元々、春菜に頼まれて仲裁に行っただけだし、春菜が俺に頼む時点でもっと慎重に動くべきだった」


「君は、咲子さんに気持ちがあるんじゃないのか?」


「俺にとって好きな女は、春菜だけだ。咲子は春菜の友達だ。俺に咲子の相手は務まらない」


 その言葉に迷いは無かった。

 それが彼の誠実さを物語っていた。


「安心したよ。彼女とは結婚を考えている。断られない自信もある」


「もし……うまくいかなくなった時は、俺のところに送るくらいの責任は取ってくれよ」


「ああ。離すつもりも別れるつもりもない。――ただ、高橋兄妹には思うところがある」


 咲子さんに対する数々の脅迫。暴行だけは免れているが、それでも許しがたい。

 僕は名刺を取り出し、彼に渡した。


「僕はこういうものでね。君にクライアントになってほしい」


「○○警備保障……私的警備サービス部SP課?」


「ストーカー被害者の警護には慣れている。奴らには“教育的指導”が必要だと思わないか?」


「まあね。俺も何度かヤツのメンツを潰してやったけど……懲りないヤツだよ。で、何する気?」


「不良グループは解散させる。妹の方には、回復施設にでも入ってもらおう。そのためには咲子さんと早く結婚して、正式な関係者にならなければ」


「直樹さんって案外、大人げないタイプ? 結婚って、咲子の両親には挨拶したのかよ」


「光一君は案外、まともな事を言うね」


 その時、玄関の扉が開いた。


「光一? もういい? 入るわよ」


 入ってきたのは、長身の女性だった。

 モデルのようなプロポーションに、整った顔立ち。落ち着いた声で言う。


「初めまして。榊原春菜です」


 なるほど、彼の恋人というのはこの人か。


「光ちゃん、お茶もお出しせずに何をしてるの? もう!」


「すまない」


 光一君はしゅんとしていた。

 思わず笑ってしまう。――飼い慣らされたライオン、とはこのことだ。


「長谷川さん。ゆっくりしていってくださいね」


 春菜君は、一言でいえば「背中を任せられる」タイプの女性だ。

 二人を見て、ようやく納得した。光一君が咲子さんに心を動かさない理由が。


 ――おそらく、光一君も咲子さんも、春菜君をどこかで頼りにしている。

 だから、きっと咲子さんはいつ出会っても、僕を選ぶ。

 そう確信した日だった。


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