015 黄昏のレインボーブリッジと彼の嫉妬
昼時のファミレスは、ほどよいざわめきに包まれ、誰もが他人に無関心。
私は自分が当事者となる事件の話を、直樹さんに一通り話した。話し終えると彼は難しい顔をする。
「それで、咲子さんが中学生のとき、光一君のご両親はお店を新築されたばかりで、自分で解決しようとした……ということだね」
「そうなの。⋯⋯そういえば光一がこの間、変なこと言ってた」
「どんなこと?」
「『春菜と俺が遠くへ引っ越したら、咲子は一緒に来るか?』って。おかしいよね?」
「そう……だね。普通はね。咲子さんはなんて答えたの?」
「『それって変。私は一体どこに住むの?』って」
「そうだね。でも、光一君は咲子さんのことも大切にしている。咲子さん、君は⋯⋯」
「ん? なに?」
何でもないと言った後、とにかく警察署に行こうと直樹さんは席を立つ。
近付いた距離が少し遠くなった気がした。途中、彼は背を向けてどこかに電話をかける。何か気に障ることをしちゃったかな。それとも私たちに呆れてしまった?
警察署に入ると直樹さんは名刺を取り出し、担当刑事に差し出し、「今日はプライベートです」と言った。担当刑事は頷き、そして、私をちらりと見る。
「確かにご心配ですな」
「彼女の話を聞く限り、緊急性の高い事案だと思うのですが……」
「被告人は短絡的な思考の持ち主ですし、被害者にも非がないとは言い切れない。まるで泥試合ですな」
指し示された机の上には、供述調書が数冊並んでいた。
直樹さんは真剣な眼差しでページを繰り、黙々と読み込んでいく。時折、私の視線に気づいたようにこちらを向いて微笑んでくれた。時間にして一時間弱だろうか、調書を読み終えた彼はゆっくりと立ち上がった。
「これからドライブに付き合ってください。大切な話は車の中が一番いい」
彼はレンタカーを借り、私を助手席に乗せて走り出した。湾岸線に入り、横浜方面へ向かう。道々、事件の概要をわかりやすく説明してくれる。
高橋被告は初犯で、重い刑罰は望めないこと。こうした事案は再犯が多く、争うより接近禁止を条件に示談したほうが賢明なこと――。また、非力な私が一番狙われやすいこと。
やがて車は駐車場に止まり、手を引かれながら黄昏色に染まる階段を上る。
横浜港が一望できる公園。遠くにレインボーブリッジのライトが光り、涼しい潮風の中で街の明かりが星のように瞬いていた。
「調書を読んでいて、やりきれませんでした。咲子さんは長い時間を一人で恐怖と闘っていた」
直樹さんは悲しい顔をする。だって私のせいだから、我慢をするなんて、当たり前。
「君はずっと光一君に守られていた」
「光一のお荷物だよね。私はどうしていつもそうなんだろう。このままじゃ、直樹さんのお荷物になっちゃうね」
「違う。荷物なんて思っていない。ただ……」
直樹さんはこの事件とは何も関係ない。全て終わったと思っていたのに。もう心配ないよって、光一に言いたかったのに。それは叶わなかった。直樹さんとも、もう終わるのかな。
「咲子さんは、その、⋯⋯光一君に気持ちがあるの?」
「え?」
思いがけない言葉に、直樹さんの顔を見た。彼は辛そうな表情で、指先が白くなるほど拳を握っていた。あまりにも痛そうなので、私はそっと両手を添える。
「光一は、大切な友達の恋人なの。子どもの頃から頼りっきりで、私って駄目だね」
「過去の事を言っても仕方ないのはわかってる。だけど、咲子さんが愛おしくて。咲子さんを守ることができた光一君に嫉妬した」
直樹さんは私の手を引き、そっと抱きしめた。彼の熱が静かに伝わってくる。
「好きです……咲子さんは?」
私は弱くて役立たずだし、迷惑ばかりかけている。だけど、どうしても、――離れたくない。
「直樹さん。私も……好き」
次の瞬間、唇が重なった。
ロマンティックで、少し切ない夜。
もうひとりではない。そう思った。
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