013 本当の自分を見てくれる人




 アイスティーの氷がカラリ小さく音を立てた。

 窓の外はいつもの風景。誰にも言ったことは無いけれど、本当は一人で外出するのは怖い。

 建物の影や人通りの少ない道は少し怯えてしまう。

 私はため息を一つ吐いた。


 今日は飲み会で知り合った、長谷川直樹さんと初めてデート。待ち合わせは駅前のファミレスにした。人通りが多いと安心する。


 直樹さんは警備保障会社に勤めていて、元自衛官で任期満了してから今の会社に勤めた人。だから、格闘技が強いらしい。

 最初は、私がきっかけで酷い事態に巻き込まれた光一が、少しでも安心すればと思っていたのも否めない。


 直樹さんとは、電話やメールでたくさんお話をした。

 誠実で真面目。そして、真っ直ぐ。

 ミイラ取りがミイラになった感じで、優しい直樹さんに惹かれている。でも、……。


 視線を感じ振り返ると、少し気まずそうな声が上のほうから降ってきた。


「……時間より早く来たつもりだったけど」

「ううん、私が早すぎちゃったんだよ」


 飲み会の時と雰囲気が違う。

 メガネだ。お洒落なのに変えてくれたんだ。そして、シンプルなTシャツにボトムス。


 彼なりに気を使ってくれているのがわかる。

 でも、髪の毛はくせっけなのかぼさっとしていた。

 にっこり笑って、自分のシートの隣をトントンと指で叩く。「ここ座って」


「いや……向かいの方が」なんて遠慮する直樹さんを、強引に袖を引っ張って、無理やり座らせる。


 見上げたら顔を赤らめた。大きな体なのに可愛い。


 彼も、私の顔が好きなのかな? そして、ちょっと遊んでみたいだけ?


 男の人はみんな外見しか見てくれない。

 私の中身を見てくれているのは、今のところ幼馴染の光一だけ。

 直樹さんの場合は、私が惹かれちゃった分だけ、少しは他の人よりはマシなのかな。


 バッグから小さな櫛を取り出して彼の髪を整える。


「ふふ、かっこよくなりました」


 自然に口から出たその言葉に、自分でもびっくりして、思わず視線を落とした。


 直樹さんは咳払いをしてから、落ち着かないように正面に座り直す。


「……僕は、つまらない男だから」


 直樹さんがぽつりと呟いて、黙り込んだ私を心配そうに見つめる。


「そんなこと……ない」


 私は首を横に振った。そして、少しでも私自身を見てほしくて、とびっきりの笑顔をしてみた。


「ねえ、今日は一緒に洋服を見に行きたいの。直樹さんに似合う服、私が選んであげる」


 けれど、彼はふいに真剣な顔をして、私の言葉をさえぎった。


「洋服より、ちゃんと話して、事件の事」

「え? 本気にしてくれていたの?」

「咲子さんは、そんなことで嘘ついて、人の気を引くような人じゃないでしょう?」

「……うん」

「警察に行って事件の事を聞いてこようね。咲子さんが一緒なら僕も確認できるよ。だから、これからのことを二人で考えよう」


 いつの間にか下に向いていた視線を上げると、真剣に心配している瞳と出会う。


 ちゃんと考えてくれていたんだなぁ。

 そう思った瞬間、胸の奥が小さく震えた。


 私なんかを守ろうとしてくれている。

 もう少し早く出会いたかったな。そうすれば、直樹さんと同じくらいピュアだったのに。

 春菜みたいに、真っ白じゃないことが後ろめたい。


「一緒に考えてくれるの? これからのこと?」

「いいよ。考えようよ」

「私なんかでいいの?」

「もちろん。どんな咲子さんでも守ってあげるよ。だから、話して」


 私だけを守ってくれる。

 その事実だけで、まるで物語のヒロインになったみたいだ。


 ――こういうのが、ロマンティックって言うのかな。


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