012 咲子は、すみっコ男子を見つけました。
『月猫楼』のカウンター。ここが私と美里の今の定位置だ。
陸と別れた後、美里はかなり落ち込んでいたが、ここ最近になって、ようやく笑顔が戻ってきた。
恋も失恋も女を美しくするものだ。忘れられないような経験は羨ましくもあるが、ちょっと怖いな、とおこちゃまな私は思う。
「今日は咲子が楽しみにしていた合コンでしょ? ほら、元警察とか自衛官が働いてる大手警備会社の人たち」
「今日こそ咲子の運命が見つかるといいわね」
美里が他人事みたいに笑う。
「美里こそ、早くいい人を捕まえなさいよ」
「理香だって」
そこへドアが開き、咲子がひょいと顔を出す。
「あれ? 一人? 春菜は?」
「玄関の前に仁王立ちの光一が居て、春菜を米俵みたいに担いで連れてっちゃった」
光一の肩の上で「咲子~!」と、叫ぶ春菜の姿が目に浮かぶ。
「ぷっ」思わず噴き出した。
美里はツボに入ったようでお腹を押さえて笑っている。
「極端すぎっ」
「ホントだよね」
咲子はあっけらかんとしている。「じゃあ、三人で参加しよ」
会場は和風居酒屋だった。
庶民的な雰囲気は、美味しいものが出てきそうで嬉しい。しかし合コンだったよね?と首を傾げてしまうような場違いな空気も漂っていた。
参加者は角刈りやジャージ姿が目立ち、どうにも垢抜けない。
美里も私も思わず顔を見合わせて、ため息を吐く。
「まあまあ」と咲子だけが一人はしゃいでいた。
咲子がご機嫌で「この中で格闘技が一番強い人って?」と向かいの男性に聞くと、彼は苦笑して答えた。
「長谷川かな。隅で一人で飲んでるメガネ」
咲子はそちらをじっと見つめ、すぐに私を振り返る。
「私、あの人が気になる」
「え? ぼさぼさ頭にジャージでしょ」
「でも、よく見て。カッコいいよ」
「え? ちょっと待って……あれ? 顔立ちは……整ってる」
「髪型は変えてあげればいいし、服は選んであげればいい」
そう言うと、咲子は嬉しそうに立ち上がった。
「じゃ、行ってくる」
え、何が「じゃ」なの。
私は呆気にとられたまま、美里と一緒に耳をそばだてる。
「こんばんは。隣いいですか?」
「え? どうぞ。話題の咲子さんだよね。こんなところにいていいの?」
「はい。長谷川さんとお話したいです」
「何の話?」
「えっと、例えば……私がハングレ集団に狙われてるとしたら助けてくれますか?」
「……理由によるね。普通はハングレには関わらないし、咲子さんに問題があるのかもしれないよね」
「助けてくれないの?」
咲子が可愛らしく首を傾げている。あれれ?
長谷川くん、顔真っ赤。
「助けるには助ける。でも根本が解決しなきゃ意味ないでしょう?」
咲子はにっこり笑った。
「長谷川さん、立ってください」
「え?なんで?」
そう言いながら立ち上がった。――いい人だ。
次の瞬間……へ? と声が出そうになった。
背が高い。そしてTシャツの上からでもわかる割れた腹筋とシュッとした背筋。……あ、でも、ジャージのズボン、短かっ。
咲子が私達のほうを向き、ドヤ顔でふんすっと鼻息を荒くする。
「友達からでいいので、私とお付き合いしていただけませんか?」
咲子、お、お見事。
「うわ、やられたね~。あっぱれだ。咲子の好きな“隅で一人で飲んでる系”だしね」
美里も感心している。
……まったく、咲子は油断できない。
でも、ダイヤを原石から磨くなんて、ロマンティックだわ。
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