004 純愛と名付けた不倫。美里の場合。
仕事帰りに、必ず寄る場所がある。
職場からそう遠くない高層ホテルの最上階。夏の夕方、まだ空が青い時間に、そこで一時間だけ待つのが私の日課だ。彼が来ることもあれば、来ないこともある。でも、この一時間が、私と彼に与えられた唯一の「恋人の時間」だった。
「……美里」
「早いじゃない」
「たまにはね。……部屋、取ろうか?」
「それは、駄目だって言っているでしょう」
――そう、私の恋人高瀬陸には妻も子供もいる。
どうしてこんな関係になってしまったのか。全部、私のせいだ。
彼に想いを告げられたとき、私は別の恋人と付き合っていた。
私は彼が自分を好きだと知れただけで満足していた。
それに、結婚を考えてくれる恋人を傷付ける事が躊躇われた。
彼が何度も奪おうとしてくれたのに、答えを出さず、曖昧にしていた。
そんなある日、彼の部下が私に耳打ちした。
「高瀬主任、結婚決まったらしいですよ」
その瞬間、地面が崩れ落ちるみたいな衝撃を受けた。
頭では、今の彼氏と結婚すれば幸せを守れるとわかっていた。でも心は違った。気づけば私は早退して部屋に帰り、彼氏に一方的に別れを告げ、陸に電話していた。
「もう、親への挨拶も済ませたし、相手も妊娠してる。遅すぎたんだ」
それでも私は泣き喚いて、陸に縋った。彼も私を捨てきれず、私たちは秘密の恋人になった。
「一度くらい抱かせてくれたら吹っ切れるのにな」
「陸は……私のこと、好き?」
「妻に失礼だから“好き”とは言わない。でも――好きは超えてる」
「じゃあ、結ばれるときが最後の思い出なんだね」
肩を抱かれ、暮れていく夏の空を見上げる。
ラウンジを出たところでスマホが鳴る。表示されたのは友達の幼馴染の名前。わかっている。この男とは多分同類なんだ。
「何? 春菜なら昨日、無事に送り届けたわよ」
「昨日は付き合ってた女と別れる話になってさ。大変だったんだ」
「……いい加減、春菜一筋になりなさいよ」
「子供の頃から一緒だからこそ、結婚なんてしたら大事にできない気がするんだ。美里ならわかるだろ?」
「まあ……少しはね」
「禊をしたら謝るよ」
「春菜が許すとは限らないでしょ?」
「いや、春菜は俺以外あり得ないから」
「春菜が他の男に行きそうになると、大騒ぎで取り戻しに行くものね。馬鹿なんじゃないの?」
「お互い様だろう」
通話を切って、すっかり暗くなった空を見上げた。
星の数ほど男はいるのに、どうして私は陸しか好きになれないんだろう。
――もう少しだけ、陸の恋人でいさせて。
星に祈りながら、自分でも笑ってしまった。ほんと、私もロマンティストだ。
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