002 咲子は今日もモテすぎる。そして、私達は胃袋を満たす




 お洒落な居酒屋で私たち三人は、現在進行形で壁際に追いやられている。

 咲子をゲットしたい男たちが、私達と咲子を引き離しにかかるのだ。


「咲子に群がる男が10人中6人か。今回も過半数を超えたわね」


 咲子は美人だ。

 顔は小さく、瞳の色はヘーゼル色に近い。アーモンド形の黒目がちな瞳は、近眼のせいもあってキラキラとしている印象だ。

 そして嫌味な事に、気遣いもでき、家事もできれば頭も良い。


「性格は頑張れば直せるけど、顔はメスを入れないと直せないのよ!」とのたまう理香が、咲子の顔目当てで私達のグループに来たくらいだ。


「残る男性四人の中にイケメン君がいて、楽しそうな女性六人。私達はどうしようっか?」

「そうだね、理香。どうよ。あのイケメン君は?」

「ワイルド系ね! しかし私は王子様が良いのだ。そういう、春菜はどうなの?」

「うーん、こうちゃんのがいいかも。美里は?」

「わたし? 好きな人いるし」


 私達は、一斉に咲子のほうを見る。リーダー的な一人の男性が話をしていて、それを残る五人が囲み、政略的な防護壁を築いている状態だ。


「こっちは、……どうしよっかね」

「「うーん」」


 咲子はにこやかに話しを合わせている。

 しかし、私達は知っている。咲子は極度の人見知りで男性恐怖症。それを認めずに克服しようとしている。本当は怖いのだ。グラスを持つ手は震えている。


 それでも、運命の人探しを諦めないロマンティックさには脱帽だ。

 家に閉じこもってても仕方ないものね。


 ふと、美里がため息を吐く。


「中学一年生の時を思い出すね」

「ああ。あの男子グループもああやって外堀を埋めて、咲子をしつこく虐めてたよね」


 咲子は中学一年の頃、クラスの男子にヤバいくらい虐められていた。

 私達が近付くこともできないくらいクラスで孤立させられていた。


 だいたいの虐めは、クラスでそれほど目立たない男子が中心になっていた。

 その男子たちはカースト上位の男子に咲子を虐げてみせ「臭い」とか「汚い」とかレッテルを貼るのだ。

 つまり、咲子を自分たちの都合の良いように抱え込もうとしていた。


 少女漫画なら、ここで不良グループのイケメンが颯爽と助けてくれそうなものだが、現実はそんなに甘くない。

 数の力は恐ろしいのだ。それを知っているカースト上位は見て見ぬ振りをしていた。




 しかし、咲子は案外頑固なので、何を言われてもその男子グループの言いなりにはならなかった。


 あの時は助けてあげられなくてごめんね。でも、――今は違うから。


「さて、割って入るとするか」


 こういうときに一番頼りになる理香が立ち上がる。


「そろそろだよね」


 私達は飲み物のグラスを手に防護壁を崩しにかかる。


「咲子ばっかり、ずるいですぅ~」


 美里、さすが。それなら角が立たない。


「ちょっと! ずれてください」と、ボックスシートの一番入りにくい咲子の左側に理香が割り込む。リーダーと咲子の間だ。アンタは凄い。神か。


 咲子が涙目になりながら、私に向かって両手を差し出す。


「はるちゃん、会いたかったよ~。大好き」


 まぁ、私は背が高いし、ファッションもボーイッシュだしね。イケメンポジションいただき。


「咲子~、浮気? 寂しかったよ~」



 美里と理香は軽快に楽しい話を始める。今度は聞き役になってしまう男子たち。


 美味しいものをおごってもらって今日は帰るとするか。


 結局、今日の飲み会も実りなしで終わるのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る