第8話 君は俺が守る!
「いやや!離してや!」
和泉さんの声だ。
裏路地を覗くと、男三人に囲まれた彼女がいた。朝のスカウトと、その仲間らしい。
「おとなしくしなよ。痛い目見たくないだろ?」
リーダー格であろう、最初にからんできたあいつが彼女の腕を掴んでいる。
「だいか...助けて...」
震える声。考える前に体が動いていた。
「はるかに手を出すな!」
男たちの間に飛び込み、彼女を引き離す。
「結城くん!」
彼女が俺の名前を叫ぶ。驚きと、少しの安堵が声に混じっていた。
「なんだお前、また邪魔するのか」
リーダー格の男がずいっと俺の前に出てくる。身長は俺より10センチは高い。黒いスーツにサングラスが一層威圧感を与えてくる。
「いい度胸してるな、ガキが!」
男は大きく右腕を振りかぶる。男の拳が俺の顔面を捉えた。鈍い痛みと共に、視界が回転する。アスファルトに倒れ込み、口の中に血の味が広がった。
「がっ...」
「弱っ!こんなんで助けに来たつもりか?」
三人の男たちが俺を囲む。逃げ場はない。
「お前みたいなモヤシが、ヒーロー気取りとはな」
蹴りが腹に入る。内臓が押し潰されるような痛み。息ができない。
それでも、今のうちに彼女だけでも——
俺は痛みに歪む視界で、はるかを見た。
「に...逃げろ...今のうちに...」
でも彼女は恐怖で固まったように動けない。大きな瞳に涙が溢れている。
「お前をボコったあと、彼女ともゆっくり遊ばせてもらうよ」
男が彼女に近づく。俺は必死に立ち上がり、よろめきながらも彼女の前に立ちはだかる。
「絶対に...渡さない...」
「ゆ...結城くん...」
彼女の震える声。俺は後ろ手で彼女の手を探り、ぎゅっと握りしめた。
冷たくて、小さくて、震えている手。でも——
「もう絶対に、この手を離さない!二度と!」
「へぇ、感動的じゃねえか」
男たちが嘲笑う。
「でもな、もう容赦しねえぞ」
リーダーの目が、獣のように光った。今度こそ本気だ。拳を握りしめ、俺の顔面を狙って——
その時、雲が流れて月光が差し込んだ。
はるかの手が、急に熱くなる。
「あ...」
彼女の体が震え始める。黒い瞳に赤い光が宿り、髪が見る見るうちにワインレッドに染まっていく。制服のボタンが音もなく外れ、スカートが短くなっていく。
「な...なんだ?」
男たちが後退る。目の前で起きている異常な光景に、明らかに動揺している。
「最悪の展開じゃない...」
現れたルカは、いつもの余裕がなかった。顔色は青白く、額には汗が滲んでいる。立っているのがやっとという様子で、壁に手をついている。
精気不足だ。もう限界に近い。
「おお、さっきより色っぽくなったじゃん」
ショックから立ち直った男たちの下卑た視線が、ルカの変化した体に注がれる。露出した太もも、大きく開いた胸元。
「なんだか知らねえが、こっちの方がそそるじゃねえか!」
男の手がルカに伸びる。
「触るな!」
俺は最後の力を振り絞って、男の腕にしがみついた。
「ルカは...はるかは...俺が守る!」
「てめえ、うざいんだよ!」
また殴られる。今度は腹だ。胃液が込み上げてくる。視界が霞んで、立っていられない。でも手は離さない。絶対に。
「陽太...」
ルカが俺を見た。いつもの挑発的な瞳じゃない。驚きと、戸惑いと、そして——初めて見る、温かい感情が宿っていた。
「ボロボロじゃない...なんでそこまで...」
「当たり前だ...君たちは...俺が...」
「...」
ルカの表情が変わった。何かを決心したようだ。
「陽太に手を出したこと...絶対に許さない」
ルカの声が、急に冷たくなった。
彼女が両手を前に突き出す。背中から黒紫の翼が大きく広がり、強力な魔力が収束していく。
「消えなさい!」
凄まじい衝撃波が放たれた。風圧が路地を吹き抜け、ゴミ箱が吹き飛ぶ。男たちは悲鳴を上げる間もなく、壁に叩きつけられた。
鈍い音と共に、三人とも白目を剥いて崩れ落ちる。
「はぁ...はぁ...」
力を使い果たしたルカが膝をつく。翼が消え、髪が黒に戻り始める。
「陽太...ありがとう...」
最後にそう呟いて、彼女は和泉さんの姿に戻った。そのまま糸が切れたように倒れる。
「和泉さん!」
俺は痛む体を引きずって、彼女を抱き起こした。呼吸はある。脈もある。でも、顔色が恐ろしく悪い。
ここは危険だ。男たちがいつ目を覚ますか分からない。
なんとか彼女を背負い、よろよろと大通りへ向かう。一歩一歩が地獄のように辛い。でも止まれない。
運良く、タクシーが通りかかった。手を上げて止める。
「運転手さん、とにかく急いでください!」
後部座席で、意識のない彼女の手を握りしめる。さっきより更に冷たくなっている気がする。
どうか、無事でいてくれ——
俺は祈ることしかできなかった。
【お礼】
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
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これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!
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