第5話 人生初、はるかとのデート?
「なぁ、結城くん。一緒に調べちくれんかね?」
彼女は俺の方を向いた。夕日を背にした姿が、まるで映画のワンシーンのようだ。
「調べるって?」
「図書館とか行っせぇ、種子島ん伝承にちて調べよごたっと。一人じゃ不安じゃっで...お願いよ」
不安そうな瞳で見つめられて、断れるはずもなかった。
「分かった。それなら国会図書館がいいかも」
「国会図書館?」
「日本で発売された全ての本が集まってる場所だよ。永田町にあるんだ。古い文献もきっとある」
「ほんのこっな?じゃあ、国会図書館に連れて行っちくいやい!」
彼女の勢いに少したじろぐ。でも、その目の輝きを見ていると、断れない。
「そいでよ!」
和泉さんが身を乗り出してきた。
「東京にお出かけすんなら、どっかうんめかもんも一緒に食べいきたかよ!」
「え?」
そ、それってデート...?
俺の頭の中で警報が鳴り響く。こんなかわいい子と二人で出かけて、一緒にご飯を食べる。それって完全にデートじゃないか...
「結城くん?」
「あ、うん...な、何か食べたいものはあるの?」
彼女の勢いに圧倒されながら聞く。しかし、女の子の「美味しいもの食べたい!」という前のめりな姿勢はすごいな...
「あんみつ!東京にはうんめかあんみつ屋どんがあって聞いたとよ」
「あんみつか...」
俺は記憶を辿るが、すぐには思い出せない。
「ちょ、ちょっと待って」
スマホを取り出して検索を始める。すると、和泉さんがウキウキしながら横から覗き込んできた。
「どこがよかとかねぇ?」
距離が近い。肩が触れそうなくらい近い。シャンプーの甘い香りがして、心臓がドキドキする。
ふと、思った。
俺はいつも和泉さんに対してドキドキしてるけど、彼女は俺のことをどう思ってるんだろう。ただの親切なクラスメイトくらいにしか思ってないのかもしれないんだろうか...
検索する手が止まる。
「結城くん?どげんしたの?」
和泉さんが大きな瞳で俺を覗き込む。顔が近い。長いまつげまで見える距離だ。
「い、いや、なんでもないよ!」
慌てて検索を再開する。そして、飯田橋の店を見つけた。
「ここはどう?『紀の善』っていう老舗」
画面を見せると、和泉さんの目がさらに輝いた。
「クリームあんみつ!わっぜ美味しそう!」
メニューの写真に釘付けになっている。その無邪気な反応が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「行こごたっ!絶対行こごたっ!」
「じゃあ、今度の土曜日はどう?」
「うん、約束やっど!」
彼女は嬉しそうに笑った。
---
約束の土曜日。飯田橋駅の改札で待っていると、向こうから和泉さんが小走りでやってきた。
今日は私服だ。白いワンピースに薄手のカーディガン。いつもの制服とは違う雰囲気で、より一層可愛く見えた。
「和泉さん!」
声をかけようとした瞬間——
「ねぇ、君すごく可愛いね」
怪しげな男が和泉さんに近づいていた。
「モデルとか興味ない?事務所がすぐそこにあってさ」
典型的なスカウトだ。和泉さんは困った顔で後退する。
「あん、わい...友達と待ち合わせしちょって...」
「あん?なんかしゃべり方変?とにかく、話だけでも聞いてよ。5分でいいから」
男の手が、和泉さんの腕を掴もうとした。
俺は考えるより先に動いていた。男と和泉さんの間に割って入る。
「すみません、僕ら付き合ってるんで、そういうのは無理です」
嘘だけど、とっさに出た言葉だった。
「あ?なんだお前?」
男が俺を睨む。
「お前に話してねえよ。俺はこの子に話してんの」
男が俺を押しのけようとした瞬間、俺は和泉さんの手を掴んだ。
「走るよ!」
手を引いて、駅の雑踏を駆け抜ける。後ろから男の怒声が聞こえたが、振り返らなかった。
***
神楽坂方面への出口まで走り、やっと立ち止まる。二人とも息が切れていた。
「はぁ...はぁ...」
「ごめん、急に走って」
「ううん、助かった」
和泉さんが顔を上げた。頬が紅潮して、瞳がキラキラしている。
「いきなり声掛けられっせえ困っちょったところに、結城くんば入ってきてくれてほんのこて心強かったよ」
彼女は繋いだままの手を見つめる。
「なんか、ドラマんごたった!わっぜかっこよかったじゃ!」
かっこよかった——その言葉に、顔が熱くなる。
俺も、まだ彼女の手を握ったままだということに気づいて、慌てて手を離した。
「じゃ、じゃあ、あんみつ食べに行こうか」
「うん!楽しみ!」
そうして俺たちは、紀の善へと向かった。
手のひらには、まだ彼女の温もりが残っていた。
【お礼】
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