第3話 サキュバス"ルカ"の誘惑
柔らかい唇が、俺の唇に重なった。
初めてのキス。頭の中が真っ白になる。彼女の唇は驚くほど柔らかくて、ほんのり甘い味がしたような気がした。体中から力が抜けていくような、でも同時に天にも昇るような不思議な感覚に包まれる。
数秒か、数分か——時間の感覚が分からないまま、彼女はゆっくりと唇を離した。
「美味しい...こんなに純粋な精気、初めて」
ルカと名乗った彼女は、恍惚とした表情で俺を見つめている。月光に照らされた赤い瞳が、妖しく輝いていた。
「せ、精気って...何を...」
膝が震えて立っていられず座り込んでしまった。キスの余韻で頭がぼんやりとして、うまく言葉が出てこない。
「あら、説明がまだだったわね」
ルカは俺の頬に手を添えた。その手は熱く、触れられた部分がじんわりと熱を帯びる。
「私はサキュバス。人間の生命エネルギー——精気を糧に生きる存在よ。そして今、あなたと契約を結んだの」
「契約...?」
「そう。見て」
彼女が指差した俺の右手首に、淡く光る紋章が浮かび上がっていた。複雑な幾何学模様と、ハート型の印が絡み合っている。
「これが契約の証。あなたは私の、たった一人の契約者」
「ちょっと待って、俺そんなこと頼んでない——」
「でも、あなたの精気、特別なのよ」
ルカは俺の胸に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「純粋で、優しくて、それでいて力強い。17年間待った甲斐があったわ」
「17年って...」
「私はずっと、はるかの中で眠っていたの。でも東京の月に呼ばれて、やっと目覚めることができた。そして最初に出会ったのが、あなた」
彼女は俺の首筋に顔を近づける。吐息が肌にかかり、ゾクッと背筋が震えた。
「ねぇ、もっとちょうだい?」
「も、もっとって...」
「あなたの精気、もっと味わいたいの」
ルカが再び唇を近づけてきた。でも、その瞬間——
雲が月を隠した。
「あ...」
ルカの体から力が抜ける。赤かった瞳が徐々に黒に戻り、ワインレッドの髪も元の黒髪に。制服も、まるで巻き戻しのように元の状態に戻っていく。
「ん...?」
はるかが目を瞬かせる。状況を理解しようとして、周囲をキョロキョロする。
「え?わ、わい...なんで...」
顔が一気に真っ赤になる。
「あの、ちょっと月を見てたら、急に...」
「そ、そうとね!わい、ないごか変な感じしよって...」
慌てて俺から離れるはるか。でも足元がふらついて、よろめく。
「大丈夫?」
「は、はい...じゃっどん、わっぜぇだれたような...」
確かに顔色が少し青い。精気を吸われた俺も、実は結構フラフラだった。
「とりあえず、送るよ。一人じゃ危ないし」
---
はるかのアパートは、学校から電車で15分ほどの住宅街にあった。
「こことです。2階ん角部屋になりもす」
築30年は経っていそうな古いアパート。でも、種子島から出てきたばかりの彼女には、これでも都会的に見えるのかもしれない。
「ほんのこて、あいがともしゃげした」
玄関の前で、はるかが深々と頭を下げる。
「いや、大したことじゃ...」
「あの!」
彼女が顔を上げた。月明かりに照らされた顔が、さっきとは違う意味で美しい。
「お礼に...お茶でん、どぎゃんですか?」
「え?」
「一人暮らし始もたばっかいで、片付けもおわっちょりません。じゃっどん、結城くんには、まっこてお世話になったけん...」
女の子の部屋に入ることになる?しかも、こんな美少女の...
俺の心臓が、また激しく鼓動し始めた。
「じ、邪魔じゃなければ...」
---
部屋に入った瞬間、甘い香りに包まれた。
「ちょっと散らかっちょって、げんね」
1Kの小さな部屋。でも女の子らしく、カーテンはピンクで、ベッドにはクマのぬいぐるみ。壁には種子島の写真が何枚も貼ってある。
俺は生まれて初めて、女の子の部屋という聖域に足を踏み入れていた。ベッドを見て、変な想像をしそうになり、慌てて視線を逸らす。
はるかは小さなキッチンスペースへ向かった。俺は言われた通り、部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルの前に座る。
「あ、お茶っ葉どこやったかな...」
彼女はベッド脇の棚を探し始めた。背伸びして上の段を探る姿に、スカートが少し上がる。慌てて目を逸らす。
「あった!でも届かんなぁ...」
「手伝うよ」
俺は立ち上がり、彼女の後ろから手を伸ばした。狭い部屋だから、必然的に彼女を後ろから抱き込むような形になってしまう。
「あ...」
お茶の缶を取ろうとした瞬間、彼女が振り返った。
至近距離で目が合う。俺の腕の中に、彼女がすっぽり収まっている形だ。ベッドがすぐ横にあることを意識して、顔が熱くなる。
「ご、ごめん...」
「よ、よかよ...お茶、取ってもらえもすか?」
震える声でそう言う彼女の頬も赤い。俺は慌ててお茶の缶を取り、一歩下がろうとした。でも、後ろはすぐベッド。バランスを崩して、ベッドの端に腰掛ける形になってしまった。
「きゃっ」
支えを失った彼女が、俺の方に倒れ込んでくる。反射的に彼女を受け止めた結果、俺たちはベッドの上で抱き合うような格好になってしまった。
柔らかな体が俺に密着している。髪からココナッツの香りがして、息がかかるほど顔が近い。
「あの...陽太くん...」
「ご、ごめん、すぐ離れる——」
その瞬間、なぜか電機が消え、窓から月光が差し込んだ。
「あら?」
はるかの瞳が赤く染まる。体温が急に上がり、甘い香りが強くなる。
「ベッドの上だなんて...そんなに我慢できなかったの?」
ルカの妖艶な声。彼女は俺の上に馬乗りになったまま、ゆっくりと上体を起こした。
「違う!これは事故で...」
「ふふ、言い訳なんていらないわ。私とのキスが忘れられなかったんでしょ?」
制服のボタンが音もなく外れ始める。月光に照らされた彼女の姿が、どんどん扇情的になっていく。
「もっと私のこと、知りたいんでしょ?」
ブラウスが肌蹴て、黒いレースの下着が露わになる。ベッドの上という状況も相まって、俺の理性は限界寸前だった。
「だから、今夜は特別に...本当の私を見せてあげる」
月光に照らされたルカは、まさに男を誘惑するサキュバスそのものだった。
【お礼】
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