一章・二集『奸悪たれ』

 肩が重い。比喩ではなく、やたらと重ね着してあるこの長袍のせいだ。これまではシャツ一枚で生活していたのに、どうしてこんなに厚着しなければならないのか。

(いや、やっぱり服だけのせいじゃない…)

この憂鬱は全ては自分のせいだ。そんなこと游坎流ユーカンリウはとうにわかっていた。だがそれでも、ウダウダと理由を付けてこの場から去ってしまいたかった。もしこの場に小丁シャオディンがいなければ、彼は尻尾を巻いて逃げていたことだろう。

だがしかし、游坎流にも作家としての矜恃はある。例え零細作家だとしても、自分の手で物語の続きを作れるのならばそれに乗っからないという選択肢は彼の中にはない。

背を伸ばし(歩幅を狭くしつつ)静かに目的の場所へ向かう。どうやら連れてきた人間の奴婢は、城主の確認が終わるまでそれ専用の小屋へ繋いでおくらしい。これは城主の都合次第で拘束時間が伸びる可能性がある。───これには作者も「やりすぎた」と反省している。

複数の妖魔に挨拶されながらも城から出ると、城壁のすぐ側に粗末な小屋が建てられているのが見えた。このボロボロ具合じゃ雨風なんてとてもじゃないが凌ぎきれないだろう。

「そろそろあの小屋も建て直すべきだな。崩壊寸前だ」

「わかりました。手配しておきます」

「ところで、奴婢の人数は?怪我はさせていないだろうな?」

「今回連れてきた奴婢は一人です。最近は人間たちも学習して、子供を一人で外に出しておくことが減りましたからね」

小丁がのほほんとそう言うが、こいつら妖魔は白昼堂々と子供を誘拐する常習犯なのである。

「ひとまず状態の確認をするか。病気を持っていないか、怪我をしていないかをだな…」

「そんなこと、城主のする仕事じゃありませんよ!?奴婢の人数確認と、確認の印を頂戴したいだけですから!」

(一人なのに人数確認もクソもあるかよ)

小丁がびっくりして止めるが、それでも游坎流は制止を聞かずに小屋に向かった。小屋の両脇には兵士が一人常駐していたが、游坎流の顔を認めると慌てて小屋の戸を開けた。

小屋の中には古い毛布と、薄汚れた子供が一人座っていた。両の腕を縄で縛られ、その顔からは表情がごっそり抜け落ちている。伸ばしっぱなしの長い髪は土まみれで、服は必要最低限という有様だ。

だがそれでも一目見ただけで游坎流はこの少年こそが炎呼伝の主人公、封離霞フォンリーシィアだと理解した。彼はそれほどまでに眉目秀麗という言葉が似合う少年だからだ。

確かこの時はまだ封離霞ではなく、封朱フォンヂゥといういみな(本名のこと)を使っていたはずだ。名前を教えられていないのに間違えてあざな(別称、もしくは通称)を呼ばないように気を付けないと。

(ウッワー美少年…。まさに連城の璧れんじょうのたまってカンジ…。もし現実にいたらドラマとか映画に引っ張りダコだろうなあ)

最高級の宝玉にすら比肩するであろう玲瓏れいろうな容貌に、游坎流はすぐに視線を少し外す。無料で見ちゃいけない気がした。見たやつは全員、会員費を払うべきだろう。

気を取り直して、游坎流は足元にいる少年に目を落とす。

「お前、名は?」

「……」

「言わないのなら、ただ奴婢と呼ぶが?」

名前なんか最初から知っているが、話すことが特に思いつかないのでそう聞いてみる。少年、封離霞は顔を伏せたまま喋ろうとしない。

唇はきつく結ばれ、縛られた手は関節が白くなるほど握りこまれている。

「……話す気はないのか?答えなければ殺されるかもしれないんだぞ?」

游坎流はハァと溜息をつき、近くの曲録きょくろく(折りたためる椅子のこと)を引き寄せると腰掛ける。そして小丁に茶を持って来るように言いつけると、榻背とうはいに背を預けて封離霞を睥睨した。

「……いつまでも無言を貫き通せると思わないことだ。お前は今日から、この青寒城で馬車馬の如く働くことになるのだからな」

そう言って鼻を鳴らす姿は、まさにパワハラ上司そのものだ。これで任務達成だろう、そう考えて内心嬉々としていたが、そう上手くはいかないようだ。

『まだ復讐値ヘイトが溜まっていません。任務達成のために頑張ってください』

ノートがすかさず出張って来る。まだまだ小物悪役ムーブを続けなければならないようだ。

(復讐値ってなんだよ…。必要なの?それ)

『復讐値は、物語がプロット通りに進むために必要なものです』

(それって、こいつの上機嫌とか不機嫌とかわかるの?便利じゃん)

『Hey note!と仰ってくだされば復讐値が溜まったか否か伝えます』

(某デバイスに搭載されてる音声アシストかよ。まあ、間違ってないけど)

游坎流が露骨に溜息を吐くと、ノートは説明を終えたのか黙ってしまった。その仕草は、足元に蹲る封離霞をじっと見詰めているようにも見えた。

游坎流は封離霞に向き治る。

「フン、決めた。お前は私が直々に教育してやろう。泣き言を言っても無駄だからな」

そう言って游坎流は封離霞を見下ろしたまま、つま先で俯いた彼の顎をぐいと持ち上げさせ、視線を無理矢理合わさせた。典型的な小物悪役ムーブに游坎流自身もちょっと笑ってしまう。

(フッ、決まったな。これで復讐値とやらも爆上がりだろ)

そう心の中でドヤ顔をキメる。だが頭の中にあの合成音声が響き、思わず肩が跳ねた。突然出て来られると驚く…。

『復讐値が上がりました。引き続き頑張って──』

(うるさっ!いちいち通知入るのかこれ。しばらくミュートにしててくれ。集中できない)

『わかりました』

何はともあれこの調子だと四話が終わるまでに復讐値は何とか貯められるだろう。早く強い妖術を使いたいなあなんて考えつつ立ち上がり、ちょうど茶を持って戻ってきた小丁に「そいつに運ばせろ」と指示を出し、游坎流は小屋を出た。








『恋愛値が上がりました。引き続き頑張って──……って、これは秘密でしたね……』



  ​───────​───────​


 プロットに記した内容には、四話は約一ヶ月という曖昧な期間の中で話が進むとしか書いていない。委細を未来の自分に任せてのんびり構えていたら後々後悔した、なんてことは作家にとっては日常茶飯事だろう。

つまり、如何にして封離霞を怒らせ、約一ヶ月という短い期間で復讐値を目標値まで引き上げなければならないのか。そんなことは全く考えてない。スピード勝負ということに変わりはないが。

だが、上げすぎると何が起こるかわからない以上慎重にことを進めるべきだろう。予定日より早くに堪忍袋の緒が切れて殺されたら困る。

游坎流は数日間もの間、封離霞へ厳しく接した。冷めたと言ってお茶をぶっかけたり、薪割りのノルマを増やしたり、チクチク言葉で刺したり…それはもう色々だ。


そうして悪役が板についてきたある日、城の欄干に凭れて茶を嗜みつつ城下を見物していると、ふと封離霞の姿が目に入った。どうやら荷物の運搬を任されているらしく、体に不釣り合いな大きさの箱を抱えさせられていて可哀想だ。

「(たまにはガス抜きさせてやるか)……小丁、いるか?」

「はい、どうしました?」

ちょうど近くを通りかかった小丁を呼ぶ。

「奴婢を一人、ここへ連れて来い。最近連れて来たあの子供の奴婢だ」

「ああ、あの奴婢ですか。あれが何か仕出かしたのですか?」

「違う。…あいつは手先が器用そうだから、手伝いをさせるだけだ」

最近は厳しくしすぎていたので、気まぐれを装って仕事を理由に呼び出すことにした。

小丁に背中を押されながらやって来た封離霞は一見普通に見えるものの、袍から伸びる細い手足には痣が見える。どうやら游坎流とは別に、新たな勢力として「妖魔のいじめっ子」が追加されたようだ。

奴婢は原則として立場が最も低い者たちのことを指す。それをいいことに精神的、肉体的に虐げる下衆野郎は少なくはない。奴婢な上に無口で無愛想と来れば、尚更気に食わない者がいるだろう。

そのため青寒城に勤める小厮しょうしや同じ奴婢による封離霞への嫌がらせ紛いの行為がままあった。

復讐値が想定より高ペースで上がるのは大体こいつらのせいだろう。彼への理不尽は最終的に全て復讐値となって游坎流にその矛先を向けるのだ。

「いつまでそこに突っ立っている?早く墨を擦れ。一滴たりとも零すんじゃないぞ」

「は、はい…」

書斎に移動し、隣りに座らせる。墨を擦るのは面倒だろうが、大荷物を運ぶよりはマシだろう。封離霞が大人しく擦るのを見計らって、筆掛けから一本筆を取ると、何か考えてから一筆したためた。

「これが何か読めるか」

そうして書いた渾身の力作を、隣にいる封離霞に見せてやる。封離霞は無表情で「読めません…」と首を横に振り、游坎流はこの世界の識字率の低さにちょっぴり悲しい気持ちになった。大説はともかく小説も読めないなんて、娯楽がないじゃないか!

「全く、馬鹿な子だ……」

游坎流はすました顔でそうなじる。

「いいか、お前は確かに奴婢だが、学びの機会を与えられるべきだ。少なくとも、日常会話分の文字くらいは読めるようになれ」

そう説明して、再び筆を取るとサラサラと何か書いた。

『游坎流』

そう大きく書かれた紙を見せる。

「これは私の名だ。正確にはあざなだが。こうして書いておくと、後世に私の功績が遺るだろう」

紙を丸め、ポイと屑籠に放る。

「さて、矮小で脆弱な人間の子供よ。この『水の厄災』、青寒城の城主たるこの私が、お前の名を書いてやろうではないか」

「俺、は…」

封離霞は唇を噛んだ。


そして数日後。

『ユーザーNo.444 さん、おめでとうございます!復讐値が目標値を超えました!“封離霞をいじめよう”達成です!』

かくして、游坎流の涙ぐましい微調節のおかげでようやく、残り十日を切った頃にはメインクエストを達成した。あとは封離霞が青寒城脱出のために協力者を得るのを待つだけだ。

(人を虐げて復讐値を貯めるなんて悪人の所業だよなあー。まあ、游坎流を悪人設定にしたのは俺だけど)

城主としての政務に加え、封離霞のためにあちこち奔走したせいで疲れ果てた游坎流は一人、酒杯片手にうとうとしながら外を見やる。

今は秋。これからすぐに冬になる。封離霞がこの場所を離れる頃には、既に凍えるような木枯らしが吹きすさび始めるだろう。その為には、プロットに書いた日より、なるべく早く脱出してもらわないと。

(無事に冬を越せるようにサポートしてやりてぇけど、そんなのプロットに書いてねぇしなぁ。俺の考えた最強の主人公が寒さなんかで死ぬわけない…よな…)

初めて味わう酒を調子に乗って飲みすぎたせいだろうか。体を牀榻に横たえれば、大きな欠伸のあと、すぐに瞼が重くなった。

杞憂とわかっていながら、封離霞の道行みちゆきに胸が締め付けられる。酒が入ると湿っぽくなるタチらしい。だがいざ眠ってしまえば、その不安は闇に溶けて消えていった。


乾いた音を立てて、游坎流の部屋の戸が小さく開く。顔を覗かせたのは、最初に出会った頃とは幾分か小綺麗になった(尚それでもまだ汚れている)封離霞だ。

彼は相変わらず光のない目でキョロキョロと挙動不審にも部屋を見回し、忍び足で游坎流が眠る牀榻に近付く。

「………」

虚ろな双眸は剣呑な色を湛え、顔は血の気が失せたように蒼白だ。

徐に振り上げた腕は震え、手には青磁の破片が握られている。鋭く尖った先端はまるでよく研がれた刃物のようだ。この手を振り下ろそうか考えあぐねているようだった。

そうして決意したように一歩踏み込んだ時、牀榻のすぐ側に転がっていた酒瓶に足を取られ、封離霞はつんのめるようにして前に倒れ込んだ。

「あッ……!」

すんでのところで牀榻に手を突き、游坎流に激突することは避けられた。一方、封離霞の方に背を向けて寝ていた游坎流は気持ちよさそうに寝返りをうち、近くの気配に気付いたのかうっすらと目を開けた。

「うん…?封離霞…か…?」

意識がぼんやりしたまま僅かに微笑み、徐に手を伸ばす。封離霞は手をついた体勢のままビクリと肩を跳ねさせ、瞠目どうもくしたまま游坎流の顔を見詰める。

「寒くなるから…あったかくしなさい…」

その手は封離霞には届かず牀榻に落ちた。


(……んん、今誰かいたか?)

誰かが部屋から立ち去る足音がして、意識が浮上する。

ぼんやりした頭で起き上がり、欠伸をしてから周囲を軽く見回す。部屋の風景は相も変わらずなままで、游坎流はわかりやすく落胆した。

「はぁ、酒がまだ抜けてない…。まいっか、飲も…」

ぐらぐらする頭を押えて唸り、近くにあった酒瓶を手に取る。残念ながら空っぽだった。小丁に追加しておけと言ったのに。

『それで、めでたく妖術の段階が貳に昇格しましたが、何ができるのか聞かなくていいのですか?もしかして説明書見ないタイプ?』

そんな二日酔いまっしぐらな游坎流に、ノートの合成音声が追い打ちをかけてくる。

「でかい声はやめろ…。んで、何ができるんだよ…」

『こちら、一覧です』

ノートの頁が捲られる。そこには箇条書きで文字が綴られていた。


壹、飛剣訣。御剣飛行。

貳、召水術。符籙ふろくの作成、点穴。


『まず、今の段階は貳ですので剣術が使えますよ。あなたの剣、滄心剣を自在に操れるようになります。滄心剣は一級品の宝剣で、他者の元神を斬る能力を持っています』

「空飛べて、剣を浮かせて、水を出して、符を作れて、点穴できるってめっちゃ強いじゃん…」

指を折って自分の妖術を数える。修真界に来てまだそれほど時間は経っていないのに、もうこんなに体得できているなんて!日々修練に明け暮れている世の修真者たちに申し訳なくなるレベルだ。

『ちなみにあなたの剣の腕は剣神の境地にまで達していますので、早く体に慣れるためにも一度試してみた方がいいかもしれませんね』

「それもそうだな。じゃあ酒も入っていい感じだし、その辺で剣を触ってみるか…」

『他の人を切らないようにお願いします』

「わかってるって。…お前もしかして俺のこと通り魔か何かだと思ってる?」

『………』

ノートに会話を切られた游坎流は不満顔で自室を出る。

外は肌寒く、游坎流は思わず肩を抱いて震えた。欄干の向こうはすぐ海が見え、城の反対側からは風光明媚な山々が連なっているのが見える。まさにいいとこ取りの地形を選んでいる。游坎流らしいといえばらしい。

(潮風が冷たいな…。なあ、今の俺って妖魔なんだろ?何かに変身して城外までひとっ飛びとかできないの?)

『それは、妖術の段階が昇格することで解除されるかもしれません。乞うご期待』

(かもしれませんって。変な希望持たせるなよ断定してくれよ)

そう愚痴を言って、ふと己の相棒、滄心剣のことを思い出しそれを取り出した。

それは薄く透明な両刃の剣で、平たい硝子瓶を思い起こさせる見た目だ。中には水が入っているらしく、じっと見詰めるとまるで海そのものを眺めているような気分になる。

ぶつけただけで割れてしまいそうだが、游坎流はそれを一目で気に入った。

剣身に(慎重に)飛び乗ってみれば想像通り、滄心剣は游坎流を載せたままピタリと空中で静止し、一向に地面に落ちる気配がない。

上に立つ游坎流は泰然自若といった表情だが、内心は今この状況に対して興奮していた。

(すげぇ!魔法使いの箒じゃん!城外まで徒歩で行くより、こっちの方がいいよな?)

これは飛剣に飛び乗る術、御剣飛行の技だ。かなりの修為を積んだ一流の仙師でないとできないと言われている。だが、中には例外もいる。まだまだ先のことになるが、封離霞がそのうちの一人になるのだ。


風を切り、游坎流を乗せた剣は戦闘機にも劣らぬ速さで青寒城を越え幽管岬の反対側に回り込むと、人一人いない場所を選んで降り立った。

ここは游坎流が治める領地の中で最も神秘的で危険な場所だ。年中雨が降り続ける場所なため、剣山のような岩肌が剥き出しになっている場所が多く存在する。

一度足を滑らせればたちまち鋭い岩に体を打ち付け、運が良ければ出血、悪ければ仄暗い谷底へ飲み込まれてしまうことだろう。

幽管岬と隣の山との山間を隔てる谷の河は汽水域というものであり、かの悪名高き八厄災、清厭禍祖こと游坎流の守護する『黒卑湾』に繋がっている。一説では、黒卑湾付近には滑落した者たちによる死体が多く流れついているという。

だが、黒卑湾の方向とは反対へ行く道は古永城への近道でもあるため、ある程度武功のある旅人は進んでこの場所を通ることもあるらしい。

だがその旅人たちの半数は足が滑って滑落するか、青寒城の妖魔に捕えられるかのいずれかの末路を辿るだろうから、やはりこの場所に骨が積み重なるのも必然なのだろう。

「ここなら誰も来ない。存分に技を試せるな」

そうして游坎流は一人、谷を通らなければ辿り着かない秘密の修練場にやって来た。

青寒城を脱出した数年後、立派に成長した封離霞が偶然見付けて以来、ヒロインを連れてやって来る場所だ。今はまだ枯れかけた茶色い原っぱだが水の澄んだ沢があり、春になると満開の花々が咲き誇る花畑に様変わりする。

炎呼伝におけるデートスポットの一つだ。


游坎流は原っぱの中央に立つと、目を閉じ、呼吸に意識を集中させる。

そうしたまま一秒経ち、十秒経ち、一分経った。

風も、鳥の鳴き声もなく、ただ心臓の音だけを感じていると、どこか自分が自然と一体になってしまったかのような気分になる。これこそが、道教の極意なのではないだろうか。

片手の滄心剣は氷のように冷たく、強い光源もなしに眩い剣芒を放っている。剣身から法力(修行により霊力が進化したもの)がしとどに溢れ出し、もしこの場に人がいたならば、たちまちその法力にあてられ体が硬直してしまうことだろう。

游坎流は目を開く。その双眸は青く輝き、まるで月光が池の水面を撫でているかのようだ。

「……ハァッ!!」

滄心剣を素早く真上に掲げれば剣芒は眩さを増し、すぐ側の沢の水がまるで蛇のように渦を描きながら剣にまとわりついた。

これこそが八厄災、青寒城城主、清厭禍祖の最も得意とする技だ。

水をまるで手足のように自由に操り、ある時は敵を飲み込んで窒息させ、ある時は刃物のように肉を切り裂く。国を壊滅させる規模の洪水だって起こすことも可能だろう。まだ試してみたことがないからわからないが。

ともかく、この水の武器は今この瞬間から游坎流にとって心強い味方になるのだ。

(すっげー。VRゲームでもしてるみたいだな。流石は夢の世界…いや、異世界?)

『修真界です。まだ夢だと思ってたんですか?』

(仕方ないだろ現実味がないんだから!けど夢にしては意識がハッキリしてるし、夢じゃないってことはわかったよ)

滄心剣が纏ったままの大量の水を空へ向かって霧散させると、周囲に雨が降り注いだ。存分に力を振るって満足した游坎流はお腹が空いてきたことに気付く。そう言えば、酒は煽ったがまだ何も食べていない。この世界に来てはや数日。古代の料理にも慣れてきた。

(今日の献立は何かな〜。今俺城主だし、城主権限で好物ばっかりにできるかもな!)

なんて呑気に考えながら下山する。

剣に乗り青寒城まで帰ってくると、ふと何かの騒ぎ声が聞こえて来た。

少々面倒だが、城主として揉め事には立ち会わなければならないと、游坎流は渋々騒ぎ声のする方へ向かう。決して野次馬根性ではない。決して。

騒ぎが起こっているのは中庭だった。広い敷地内で痩せた少年が二人、徒党を組んで大勢の僕(下働き)たちと取っ組み合い繰り広げていたのだ。しかも、痩せた少年のうちの一人は、あの封離霞だった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る