迷子の夏祭り。

柏ゆず

迷子の夏祭り。

 夏の暑さも過ぎ去り、鈴虫の泣き声が心地よく感じられるころ。俺は数年ぶりに、近所の夏祭りに足を運んでいた。


(…いつだったかな、俺が最後にここを訪れたのは)


 笛や太鼓の囃子に包まれ、賑やかなはずの夏祭り。だが、俺の胸の内に広がるのは高揚感ではなく、どこか遠い場所を思い出すような静けさだった。


(何か食べれば、気も紛れるか…?)


 道の両側に並ぶ屋台は、どれも眩しいほどに明るかった。綿菓子の袋にはキャラクターが並び、金魚すくいの水面は提灯を映し揺らめいている。焼きトウモロコシの屋台の横を通り過ぎれば、その香ばしい匂いが鼻先をくすぐってくる。


 けれど俺は、ポケットの財布に手を伸ばすことも無く、そのまま人の流れに押されるようにして通り過ぎる。


(なんか、気が乗らないな)


 人波にのまれながら、俺はまた一つ、また一つと屋台を素通りした。通り過ぎる人々は、皆笑顔を浮かべているというのに、こんな酷い面を引っ提げてるのは俺だけかもしれない。そう思っていた時だった―――。


「…お母さん、いなくなっちゃった」


 そんなか細い声と共に、誰かが俺のズボンの裾を引っ張った。足元に目をやるとそこには、齢にして五歳くらいの男の子がいた。


「…もしかして、迷子かな?」


 俺が男の子に尋ねると、男の子はコクンと頷いた。しかし迷子か…一体どうするのが正解なんだ…?これだけの人混みじゃ俺一人で母親を探すのは現実的じゃない。ならやはり、迷子センターに行くべきか?いや、それとも…


「ねぇ、お兄さん」

「ん?」


 俺が困り果てているところ、不意に男の子が口を開いた。


「もしかして、お兄さんも迷子なの?」


 …急に何を言い出すんだこの子は。こんないい歳した大人が、迷子なわけないだろうに。


「お兄さんは別に、迷子じゃないよ」

「えー、ほんとうに?」


 俺が優しく諭すが、男の子は少し納得がいってなさそうだ。


「…なんでそう思ったの?」

「うーん…だってお兄さん、僕と同じで一人でうろうろしてたから」


 ただの興味本位だった。俺がそう尋ねてみると、男の子はそう答える。


 …確かに、この子から見たら俺も迷子なのかもしれないな。


「ははは…」


 否定はしなかった。俺は視線を逸らし笑って誤魔化す。


 …その時だ。視界に偶然、何かを必死になって探す女性の姿が目に入った。


「あれ、もしかして君のお母さんじゃないかな」

「………あ、ほんとだ!!!」


 何気なく指さした先、どうやらあの女性は本当に母親だったみたいだ。男の子は一目散に、母親らしき女性に駆け寄っていく。


(良かった…)


 その様子を見て俺は、安堵ともに胸をなでおろす。


「それにしても、まさか俺が迷子扱いされるとはな…」


 男の子に言われた一言を思い出して、俺は思わず苦笑する。


 だがこの笑いは、決してあの男の子を馬鹿にしたわけではない。むしろ、あの男の子は勇気ある子だと思う。見も知らぬ自分に話しかけて、自ら助けを求めたのだから。

 

 そう考えると、俺も彼の勇気を見習うべきかもしれない。


(ふっ…)


 …今度、久々に母親に連絡でもしてみようか。迷子になる前に。

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迷子の夏祭り。 柏ゆず @kashiwaYuzu

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