向き不向き

はるむら さき

向き不向き

前向きに生きてきたつもりよ?

辛いことがあっても、ちょっとのことではへこたれない。

後ろ向きな考え方はしないようにするぞって…。



けれど、今回ばかりはこたえたわ。

ぜんぶぜーんぶ水の泡。

練りに練った企画書も。愛し愛された彼との婚約も…。

たったひとつ駄目だっただけで、今まで積み上げてきたものを全て否定されるなんて、この世界は厳しすぎるわね。


昨日までの私は、周囲の誰もが羨む存在だった。

「仕事ができて、美人で、スタイルがよくて。いつまでも若々しくて、男に媚びず、女に群れず。だからといって尖ってなくて、やさしくて、気遣いができて。本当に理想的な女性」だって。

出会う人出会う人、口を揃えてそう言った。お世辞ぬきでね?


それはそうよ。容姿も性格も人付き合いも。何百年もかけてトライ&エラー繰り返しながら、やっとここまでカンペキに整えたんだもの。

さあ、あとは薔薇色の人妻ライフ!

ステキな彼と結婚して、かわいい子どもができたらサイコー!

…と思った矢先よ?

「何で疫病流行るかなぁ…」

今になって『アマビエ』として、この世に再び君臨しなくちゃいけなくなるなんて…。


「大きな疫病が流行った時、おまえが人間を助けてあげなさい」

…とまあ、上の方の神さまから言われてるから、これは逃れられない上司命令ってやつなんだけど。

それはそうと、驚いたなぁ! 何百年も前の私の姿絵なんて、よく残ってるわね?

人間デビュー狙ってた身としては、その姿ってけっこう黒歴史なんだよなぁ。


本日の午後。未来の旦那様である若社長サマら重役たちが出揃う、とっても重要な会議のまっ最中に、私は『美人秘書』としての仮初めの姿を捨て、鳥と魚が混ざったような『アマビエ』の姿に戻った。

さて、その場は騒然。彼は唖然。

会社に鳴り響く非常ベル。

誰が押したの? 火事でも、地震でもないでしょう、失礼しちゃう。

きゃーきゃー、わーわー、叫ぶだけとか、うるさいなぁ。出てきてやったんだから、さっさとしなさいよ?

ほらほら、サービスしてセクシーなポーズとって、ア・ゲ・ル、から。

言っとくけど、写真にも動画にも私の姿は、写りも映りもしないの。

だから、あんたたちご自慢の最新のスマートフォンで、どんだけ撮ってもSNSではバズれないわよ?

そこの紙とペンでしっかり描きとめなさい。コピー用紙とボールペンが大量にあるでしょ。

機械に頼らないで。

その目で見て、その手を動かして、描きなさい。ワ・タ・シ、を!


あーあ、私の完璧な人間ライフはこれにて終了。

「めでたしめでたし」ってほどではないけれどね。

ファーストフードとかコンビニスイーツとか高級フレンチにイタリアン。人間ならではの「オイシイモノ」を食べたり、遊園地に映画館、眺めのいいバーに温泉旅館。人間ならではの「ゴラク」も彼との「デート」で楽しんだし。

良い思い出も、まあまああるから…。


「彼を守るついでに、人間みな守ってやろうじゃないの」


そのために今日も明日も、明後日も。

これからは横向きに頑張るとするわ。




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