ラノベ業界の極夜-失われた10年

青月 日日

序章

失われた十年の記録

「未知の技術を恐れて立ち止まった者に、未来は訪れない」

 ――杉村洋介(出版評論家)、203X年の講演より


 この言葉は、ある時代を締めくくる断言として知られるようになった。だが、ここに記される物語は、その言葉がまだ生まれていなかった頃の出来事である。十年前、私たちは未知を前にして逡巡し、試みを先延ばしにした。振り返れば、その沈黙こそが最も雄弁であった。


 この書は寓話として読まれることを意図している。特定の人物や企業の記録ではなく、声と行動の総体を編み直したものだ。登場する「作家」や「編集者」は固有名を持たない。彼らは一人ではなく、多くの人々の縮図である。その足跡に刻まれるのは、個人の失策ではなく、共同体全体が選び取った軌跡である。


 当時の会議室を思い起こす。机の上には原稿用紙と印刷物が積まれ、インクに混じる紙の匂いが漂っていた。脇に置かれたコーヒーはすでに冷め、口にすれば苦さだけが舌に残った。議論は形式を整えるだけで、結論は曖昧に消えていった。


 その間も、外から届く報せは絶えなかった。ひとつの海外ニュースが画面を横切るたび、私たちが見逃している速度を思い知らされる。しかし、それは机上に置かれた未読の資料と同じく、手を伸ばされぬまま積もっていった。


 私たちは断絶を前にして、足を止め続けた。口先で語られた理屈は数多あったが、いずれも実際の行動には結びつかず、ただ時間だけが流れていった。


 この記録は、その停滞を描く。失敗の寓話であり、同時に問いかけでもある。

「もしも、あのとき試みていれば」

「もしも、あのとき恐れを乗り越えていれば」


 だが歴史に「もしも」はない。残るのは一つの断定だ。

 拒否した十年は、取り戻せる十年ではなかった。


 ここから語られる章は、過去を断罪するためではなく、未来を考えるために置かれる。寓話の形式を借りて、停滞の記録を紡ぐのだ。

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