僕がきみの月になる

Akira Clementi

第1話

 彼女を知ったのは、少し風が冷たい秋の夜。月が眩しい夜に歩いていたら、ぽつぽつ雨が降り出した。雨宿りの場所を探していてあの子を見つけたんだ。


 深い緑の大きな瞳があんまりにも綺麗で。

 僕は雨に濡れるのも忘れて、見とれてしまった。


 月が隠れた空を窓辺で見上げる彼女は、どこか寂しそうだった。


***


 丘の上の家に住む、緑の瞳のお姫様。

 彼女に会いたくて何度も家に行ってみたが、あの窓辺に姿がない。


 ついに僕は、二階まで届きそうな木によじ登った。


 予想どおり彼女は二階の窓辺にいた。緑の瞳で、半分の月を見上げていた。


「あなた、どうやってここに来たの?」

「木を登ってさ、お姫様」


 からからの木の葉まみれになりながらベランダでかっこつける僕の言葉に、きみが笑った。


「木登りする王子様なんて聞いたこともないわ。変。とっても変」


 どれだけ変でも、彼女を笑顔にできるなら構わない。


「外においで。月がもっとよく見えるよ」

「だめ。外は危ないから。あなたが私のところへ来て」


 淡い月光の下、窓を挟んで見つめ合う。


 僕、けっこう強いんだよ? きみを守るくらいなんてことない。

 でも外に出たら、真っ白な彼女は汚れてしまうのかな。


***


「出た、木登り王子」


 何日も続いた雨の後、久しぶりに会った彼女はそう笑った。

 深い緑の瞳。すらりと長い尻尾。真っ白な猫のお姫様が窓に手を伸ばす。桃色の肉球が可愛い手に、僕も自分の黒い手を重ねた。


「あなたはどうしてここに来るの?」

「きみに会いたくて」


 窓のせいで互いの体温は分からないのに、重ねた手が不思議と温かい。


「王子様、もう私から逃げないで。あなたの目をもっとよく見せて」

「それがきみの幸せ?」


 僕を見つめながら、彼女が頷く。


「もうすぐ雪が降るわ、王子様。そしたら月が見えなくなるの」


 たしかにもうすぐ冬だ。降り積もる雪は僕の体からぎゅっと体温を奪うから、憂鬱だった。


「あなたの月より綺麗な金色の目を毎日見られたら、とても幸せよ」

「きみは僕だけを愛してくれる?」

「あなたが私を嫌いにならなければね」


 どちらからそうしたかは分からないけど、僕たちは初めてキスをした。ひんやり冷たい窓の感触なんて気にならない。


 交わした約束が、僕の心を温めてくれたから。


 部屋の中から人間の声が聞こえて、逃げそうになった。でも決めたんだ。


 僕はずっと、彼女だけの月になる。


 人間が窓を開いて、中に招いてくれる。

 お姫様のそばに、僕は一歩踏み出した。

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