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烏川 ハル

うしろ姿はボーイッシュ

   

 灰色の雲に覆われた秋空の下。

 駅前の横断歩道で、信号が変わるのを待っている時だった。

「輝彦! 輝彦よね!?」


 後ろから名前を呼ばれて、肩に手をかけられる。

 ああ、またか。もう何度目だろう?

 おそらくは、ショートカットのボーイッシュな髪型のせいだ。それで後ろ姿が男性っぽく見えてしまうらしい。

 しかし私としては短い髪の方が慣れているし、今さら長くするのも鬱陶しいから、出来れば変えたくないわけで……。

 私は内心、ため息をつきながら、ゆっくりと振り返った。


 そこに立っていたのは、赤いロングコートの女性。コートの下も赤系統で、長い黒髪がよく映えるような色合いだった。

 彼女は最初、険しい顔つきをしていたが、私の顔を認めた途端、驚きで目を丸くする。


「あっ、人違い……」

 口に両手を当てながら、なかば独り言のような言葉。

 それだけならば、こちらも「いえいえ、お気になさらずに」と笑顔を取り繕えたのだが、まだ続きがあった。

「ごめんなさい。後ろ姿が、失踪した彼氏によく似ていて……。いや前から見ても少し、雰囲気が何となく似てるほどで……」


 彼氏の失踪。そんな個人的な事情をいきなり語られても、こちらとしては対応に困る。

 そもそも「前から見ても彼氏に似ている」なんて、女性に対しては失礼だろう。

 その辺りの非常識は、口に出してしまった後で、彼女も気づいたらしい。

「あら、私ったら……。重ね重ねすみません。本当に、失礼しました」


 謝罪の言葉と同時に、ぺこりとお辞儀。

 顔を上げるや否や、きびすを返すと、足早に立ち去っていく。

 その後ろ姿を見届けながら私は、聞こえない程度の小声で、こっそりと名前を呟いていた。

「裕子……」


 彼女に同情したくなる気持ちもあるけれど、これ以上は関わるわけにもいかなかった。

 いずれにせよ、私を見ても彼女にはわからなかったのだから……。

 わざわざ国外まで行って、受けて来た手術。私の性転換は、完璧に成功していると確信できた。




(完)

   

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