第8話 美しさと醜さ

「ここが水に浮かぶ小さな島国、アクアマールだ。」


 ルークが船の上でまるで要塞のように壁で囲われた場所を指さした。


「ひ、久しぶりに来たけど、でかいね。あの壁」

「海の波やらどっかの国の侵略やらに備えてるからな」


 小さな島国と言われるだけあって一日で回りきれそうな土地に壁で囲えるだけの領土である。


「こ、こんなに小さいのに…世界最大の貿易国なのね」


 はぁはぁと肩で息をしながらミヤが言った。


「周りが壁で囲われてるせいでなんにも見えないんだけど」

「安心しろこの壁の風格と違ってきれいな場所だ。」


 船がスピードを落としゆっくりと壁に近づいていく。

 見たところどこにも入口らしきものは見当たらない。あるとすれば少し高い位置に水門のようなものが備え付けられているところぐらいだろうか。

 どこから入るのだろう、そんなことを思っていると目の前の壁が揺れていることに気づく。

 まさか崩れてくるのではとミヤは焦ったがそんなことはなく、ゆっくりと太い鎖でつながれた壁だったものが橋になるかのように倒れていった。5分ほどすると船着き場のようになり周りにあった数隻の船が停まる。それに乗じミヤ達が乗っている船もそこに停まった。


「な、なにこれ、すごっ」

「最大の貿易国、故に技術が集まる国でもあるんだ。」


 それだけ言うとルークは城壁の中へと入っていく。

 それに置いてかれまいとミヤとシルタは早歩きで駆け寄る。


「ミヤは初めてだったよな。この景色を見るのは」


 街…いや都市というべき景色が目に入る。

 目の前には、網目状に引かれている水路の周りに家が立ち並ぶ姿、盆地のようになっているところの中央には領地の1/3ほどは占めていそうな巨大な湖、水しぶきを上げながら笑い舞っている人魚、美しいという言葉はこの国のためにあるかのようなそんな景色が広がっていた。


「うほわぁぁぁぁぁぁぁ!!水がいっぱい!!!!!!」


 いたるところに川!橋!

 海から流れてきた水は紆余曲折うよきょくせつあって湖へと集まり、地下を通って海へと戻る。それが繰り返されこのくぼんだ土地に水がたまり続けることはない。それを可能にしてるのはこの国の技術力と独特な地形によるものであった。


「あそこ!真ん中行ってみたい!」


 ぴょんぴょん跳ねながらミヤが指さす。

 それに次いでシルタも「行ってみたい」とつぶやく。


「ま、時間はいくらでもあるからな」


 そうしてこの国の一番の目玉、クブワ湖を目指した。


 ◇◇◇


「ちべたっ!」


 ミヤが湖に手を突っ込む。


「海の水ほぼ直接入ってきてるからな。塩分はある程度飛んではいるが。」


 ルークは水を操作し、少しばかりの水の塊を取り出す。


「…10度か冷たいな、心なしか人魚の数も……」

「ねぇ、あそこのでかい建物なに?」


 ミヤが指した方には大きな時計が備え付けられた塔のようなものがあった。


「ん?あれは確か……」


 そう言いかけると


「あれはサウラの時計台です」


 振り返ると海パン一丁に屈強な肉体を兼ね備えた老人がいた。


「サウラ?そんな名前だったか?」

「はい、10年ほど前立て直されて一緒に名前も変わったのです。お見受けするところ旅のお方ですかな?」

「あ、あぁ。」

「でしたら私の店に是非来てください。旅の助けになるようなものを売っていますので」


 老人は体を拭き、ローブを羽織るとどこかへ行こうとした。


「こっちです、ついてきてください」


 そう言われるがまま三人は老人に付いていった。




「ここです」


 外見は新しめ、最近改装でもしたのかと思わせる。


「きれいな店ですね」


 この国の雰囲気にあっているといえばそうなのだろう。


「…ありがとうございます」


 それだけ言うと老人は中へと入っていく。それに次いで三人はガラスでできた扉を押し開けた。


「ポーションや魔導書、杖、剣、マジックポケット様々なものを取り揃えております。」

「見たところほぼすべて最新型じゃないか」

「えぇ、よくお分かりで。ここは貿易国ですから最新のものがどんどん入ってくるのです。これなんかほらすごいでしょう」


 老人は置いてあった杖を軽く振って見せた。

 すると瞬く間に店全体が光で覆われる。


「魔力増量と発動時のラグを短くする効果があります、ぜひ。」

「いや、俺は…」


 老人の話に流されないようルークは抵抗する。変なところで散財するわけにはいかない。


「そちらのお嬢さんは魔法使いのようですが?」

「え?も、もちろん!私は魔法使い!中級魔法もお手の物よ!」

「でしたらどうです?あなたならわかるでしょう?これの良さを」


 老人の目を見ると引き込まれそうになるような力があった。不思議と買いたいという欲求が強くなる。


「え、あ、……ねぇルーク、私そろそろ杖買い換えたいなぁって思ってたの」


 一度杖を持ち感触を確かめる。


「すっごく軽い…力もあふれてくる。ねぇ?これいいでしょ?」


 そういうとルークは何かを察したのか目の色が変わる。


「……おい、これは驚いた。この店全体が魅了状態の魔法陣になっている。…こんなやり方は商人としてどうなんだ」

「あら、自力で気づくとは…ですが別に悪いことではないでしょう?ただ私は売りたいだけ。」

「だったら普通に売ればいいだろう。質もいいし性能もいいものばかりだ。なにか隠したいことでも?」

「いえいえそんなものありません。ましてや我らの……いえ、多言でした。ですがやましいことなんて一つもありませんよ。お詫びです。こちらのポーションを差し上げます。魔力回復のポーションです。」

「そうかよ。」


 ルークは店主を睨むとポーションを受け取り店を出ようとする。


「ごひいきに」

「するわけないだろう」


 そうして三人はその不思議な店を出た。

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