決断と異能選定 前編
オーディン様が消えてから、体感で小一時間ほどの時間が経過した。その間、誰も一言も言葉を発することなく、ただ彼の帰還を待っていた。
「しかし、こうして待ってると人間で言うところのあれの気分になりますね」
沈黙に耐えられなくなったのか、ノルン様が唐突に口を開き始めた。
「あれ?」
「なによあれって……」
俺だけではなくディアン様も沈黙を持て余していたのか、やや前のめりに反応を返す。
「あれですよあれ。ほら、なんて言いましたっけ和さん。最上級の罪を犯した人間に科される罰を待つ人間の事です」
「死刑囚……ですか?」
「そう! それです! 今の私の状況、死刑の執行を待つ死刑囚の気分だなって」
「何とか話題を提供しようとしているのは分かるけど、演技でもない事を言うのはやめてよ」
「俺も同意見です」
これには俺もディアン様に全面的に同意した。
「ごめんなさい。不謹慎でしたね。流石の私もちょっとネガティブになっているみたいです……ポジティブになるためにも、人間のように最期の手紙を書く事にします……」
「……それ、遺書って言いませんか?」
「諸説あるとは思うけど、どう考えてもポジティブな行動とは思えないわね」
何もない空間から手紙を出したノルン様は、ディアン様のツッコミに構わずに、器用にも立ったまま遺書を執筆を始めてしまった。
……しかし、何度見ても神の権能を用いた物の作成とは不思議な光景だ。
ディアン様が服を出した時に一度見て、彼女から説明を受けているというのに、見慣れない。
(何かの創作で神様は自らの好きな物を意のままに創造できる等という話を見たことがあったが、あれは本当の事だったんだな)
妙な感慨に浸りながら傍観していると、
「和さん、ディアン、後ついでにおじい様へ――と」
ノルン様は立ったままで本当に遺書を書き始めてしまった。
「まじで書き始めたわよこの駄女神」
「しかも送る相手の目の前で書いてますね」
後、微妙にオーディン様への対応がぞんざいだ。
「私は生まれてこの方出会いには恵まれていました。おじい様に出会い、ディアンに出会い、そして特撮に出会い、和さんと出会えました」
「音読しながら書くの、やめてもらってもいいかしら?」
同感だ。聞く方の気が滅入ってくる。
「そんな私には後悔など微塵もな――」
そこまで書いていたノルン様の動きがぴたりと止まる。
俺とディアン様が怪訝に思っていると、唐突に何かに気が付いたかのようにノルン様は「ディアン」と自らの親友の名前を呼んだ。
「これから私が言う事に対して、いつものように意見を下さい」
「なに? また変な事言わないでよ」
「このままだと私、死ぬかもしれませんよね?」
「絶妙に返答に困る質問だけど、それはまあ、そうかもしれないわね」
「だったら、悔いのないようにやり残した事はやっておくべきではないでしょうか?」
「具体的には?」
「和さんと恋人関係になりたいです」
「……ごめん、なんて?」
「ノ、ノルン様?」
流石に俺も困惑した。
「この胸に秘めた想いを口にするのは怖いですが、自分の気持ちには嘘をつけません! 私は想いを告げ、和さんと結ばれたいのです!」
突然のカミングアウトに、俺とディアン様は顔を見合わせた。
「鈴木 和、あんたの意見を聞かせてちょうだい」
「はい」
「この駄女神は命を救うためとはいえ、あんたの魂を補完。自らの魂に納めた……これはある意味で高レベルな拉致監禁と言えるわ」
「そ、そうなんですね」
随分とスケールが大きい拉致監禁である。
「で、あんたの元いた世界で、拉致監禁した相手に対して、恋人関係になる事を望む奴って、何て言うのかしら?」
「はん……いえ、ノーコメントとさせて下さい」
危なく素で犯罪者と言う所だった。危ない危ない。
「失礼ですよディアン! 私の何処に問題があると言うのですか⁉」
「問題しかないわよ。今の幼い外見の鈴木 和に迫るあんたの姿――どう見てもやばい絵面にしか見えないわ」
ぐぅの音も出ない正論である。
「その点はご安心下さい! 和さんは見た目ショタでも本来の年齢は40代! 和さんの元いた世界のルールにも抵触しません!」
「あんたは何を言っているのよ」
「つまりこれは合法! 今の和さんは手を出しても問題ない合法ショタなのです! なので、何の犯罪にも該当しないのですよ! 女神の私が言うのだから間違いありません!」
「そうなんですか⁉」
びっくりする程何の根拠もない理屈であったが、女神のノルン様が言うなら自然と説得力があるように思えてくる。
「勢いに流されかけているわよ鈴木 和。女神でも普通にアウトだから。そもそも、女神と人間がそういう関係になるのはオリジンから固く禁じられているのよ」
「ならだめですね」
間違ってもこれ以上ノルン様に迷惑をかける訳にはいかない。
「空気読んで下さいよディアン! 親友の恋路を邪魔するんですか⁉」
「むしろ空気を読んでいるからの発言よ。刑が軽くなるかもしれない瀬戸際でなんで更に重罪を犯そうとしてるのよ」
「だって! この微妙に気まずい空気に耐えられなかったんですよ!」
「だからってそんな身体張ったボケをやらなくてもいいでしょうが」
「あ。ボケじゃなくて和さんに対する想いは正真正銘の本心です」
「余計に悪いわこの変神が。私達神から人間に求愛する時点で問題なんだってば」
「!」
「……なに、その良いことを閃いたみたいな顔は。不安しかないんだけど」
俺もディアン様と同意見である。
「つまり……求愛するのではなく、させる方にすれば何の問題もない――そういう事ですね?」
「ならないわよ」
「よし! ならば私の魅力で和さんを籠絡し、求愛させて見せます!」
「あんたは本当に何を言っているのよ」
重ねて俺もディアン様と同意見である。
「それでは早速ちょっと服をはだけてみたり――」
「!」
「ちょっとノルン⁉」
不意打ちのように服をはだけたノルン様に俺とディアン様の驚愕が重なる。透き通るような肌に、芸術的な胸が露わになろうとしていた為、俺は咄嗟に目を逸らした。相手は女神様。間違っても俺のような男が見る事など許されない。
「あれ? なんか脈ありって感じではないんですけど、なんで?」
「当たり前でしょうそんなはしたない事。 これ以上黒歴史増やしてどうすんのよ!」
「んだとごらぁ! 私の胸は黒歴史判定なんですかこの野郎!」
「誰もそんな事言ってないでしょう⁉」
……ひょっとすると胸にコンプレックスでもあるのか、どういう訳か自分の胸とディアン様のそれを見比べたノルン様は「んがー!」と憤慨した。
「大体黒歴史とか言っていましたけど、女神として生を受けてから失敗はしましたけど、黒歴史なんてこれまで一つも作ってません!」
「嘘でしょうあんた⁉ 自覚ないの⁉」
「言いましたねこんにゃろう!」
女神様達が取っ組み合いの喧嘩を始めてしまい、いよいよ場が混沌とした様子になってきた。
(……どうするかな?)
何とか仲裁したい所だが、今俺が介入すると余計に話をこじらせてしまう――そんな予感を感じた為、途方に暮れている時であった。
「戻ったぞ」
この状況を改善へと導いてくれる文字通りの救いの神――オーディン様が部屋の中央に現れた。
「喜ぶのじゃ皆の衆、朗報じゃ」
先程この部屋に現れた時と同様で部屋の隅に突如として光臨してくれた老神は、ノルン様とディアン様の姿を見ると首を傾げた。
「ん、どうしたのじゃノルンとディアン。取っ組み合いなど始めて喧嘩でもしておるのか? というか、双方とも服装が乱れておるぞ。ノルンよ、服装の乱れは心の乱れ。昔そう教えたはずじゃ――」
「おじい様うざい」
「なんでじゃ⁉」
ノルン様の辛辣な一言に、オーディン様の顔が驚愕に歪む。
「え、儂、なんかまずい事をしたのか?」
全く非がないのに落ち着かない様子でオロオロとし始めるオーディン様に、先程までの荘厳な神様の印象はなく、さながら人間で言う所の年頃の娘の辛辣な一言に動揺する父親の姿であった。
「早く安心させてやろうと、急いで帰ってきた儂は、好感度は上がりこそすれ、下がる事はしていないつもろじゃが? あれか、人間で言う所の加齢臭が最高神である儂からも出始めたのか⁉」
腕を上げ自らの脇下の匂いを嗅ぎ出してしまった老神様の姿はひどくいたたまれず、俺は目を逸らした。
「そういうところがウザいんです。いいからさっさと決定を教えて下さいクソじじい」
「クソ⁉ 最高神に対して酷くない⁉」
……ノルン様の軽快なトークとディアン様の的確なツッコミは、多分オーディン様仕込みなのだろうなと、オーバーなリアクションを披露してくれる老神を見ながら、俺は密かに確信した。
「ごめんなさいディアン。狼狽するお爺様を見て、さっきまでの私がちょっと冷静さを欠いていたようです」
「いいわよ。慣れてるから。私の方こそ冷静さを欠いて悪かったわ」
だがオーディン様の奮闘(?)もあってか、ノルン様達は争う事を止めて、彼に向き直った。
「それではおじい様その朗報とやらを聞こうじゃありませんか」
「なんで微妙に上から目線? おっほん!」
改めるように咳払いをしたオーディン様は、俺達の顔を自らの瞳で見すえ、決定を告げる。
「オリジンを交えた最高評議会の決定はこうじゃ。鈴木 和がとある異常事態が発生している異世界に転移し、オリジンから与えられた最難度の使命を果たしてくれるのであれば、ノルンとディアンの罪を不問にすると」
……正直、この決定がどのようなものなのか、正確な判断基準を持たない俺は、どのような反応もしづらい。
なので、俺以外の二人の女神様の顔を見ると――
「駄目です! 論外です‼」
「……それは流石に厳しいのではないでしょうか?」
「ノルン様? ディアン様?」
ノルン様は速攻で抗議し、ディアン様も渋い顔をされている。
この決定はそれ程のものだというのか?
「和さん。断って下さい――これは了承してはいけない事です!」
ノルン様が顔を真っ赤にさせながら俺の双肩に両手を置く。
それは多分、親が子供に何か大切な事を教える時のような仕草に似ていた。
「いいですか? オリジンとは私達神より偉い上位存在です。その超越存在がこの状況で行かせようとする異世界なんて碌なものじゃありません。危険なものに決まっています」
「そうなんですか?」
「はい。例えるなら死者が歩く世界だったり、モヒカンがヒャッハーする世紀末……それが可愛くなるほどの、やばすぎる世界だと思います」
「なる……ほど?」
今一よく分からない例えであった。
前半が危険なのは分かるが、後半は危険なのか?
「しかも最難度の使命もついて来るのです
……はっきり言って死にに行くようなものです」
「そんなに危険な使命なのですか?」
「えげつないらしいわよ」
答えたのはディアン様であった。
「私が他の神から聞いた話によると人類と魔族……敵対する二種族に同盟を結ばせた状態で世界を救えとか、終末世界で滅びた人類を再興させろとかは序の口。酷いやつだと、猫を食物連鎖の頂点に立たせろとか意味不明な上に鬼畜な難易度なオーダーが下されたそうよ」
「ね、猫を食物連鎖の頂点に立たせる?」
これには流石に不安を覚えた。
そんな骨董無稽なお伽噺のような無理難題をどうやって叶えろというのだ。
「安心しろ。今回のオーダーはかなり良心的じゃぞ」
「和さんの命が掛かっているので簡単には信じませんよおじい様。具体的なオーダー内容を言って下さい」
「とある未帰還の異世界転移者の魂を帰還させる事じゃ」
「? それだけですかおじい様?」
やや拍子抜けしたと言わんばかりのようにノルン様の問いに、オーディン様は大きく頷いた。
「うむ。それだけじゃ。世界の救済を目的として派遣されたノアと呼ばれる異世界転移者が使命を果たし、とうの昔に寿命を迎えたはずなのに、何故か魂がこちらに帰還しないまま、その世界に留まったままなのじゃ……ノルンよ、異世界転移者を担当していた女神であるお主には言うまでも無いが、これは本来であればあり得ないことじゃ」
「そうなんですか? ノルン様」
「……はい。異世界転移者が世界に与える影響力は絶大です。なのでその管理の意味も兼ねて、死んだ場合その魂は異世界に転移させた神の元に帰還します……これに例外はありません」
ノルン様の説明は続く。
なんでも転移者とは異世界にとって宝の山なのだそうだ。
記憶一つをとっても世界によっては喉から手が出るほどに欲しい知識を蓄えている事が多いだけでなく、最もまずいのは転移者の魂自体にあるのだという。
「転移者は異世界に渡るに当たり、本来の魂に神の手によって大なり小なりの加工が施されています。なのでその魂が何らかの手段で異世界の者によって観察してしまった場合、我々神世界の技術が盗まれてしまうリスクが発生するのです」
「それは――まずいですね」
ノルン様の説明により、転移者の魂の未帰還がどれだけの一大事なのかを、俺はようやく実感し始めた。
「勿論その可能性は極めて低いです。魂への干渉は非情に高度な技術で、それらへの干渉が可能になるまでの文明を知的生命体が築く事が出来る可能性はそれこそ天文学的確率ですから」
「しかし裏を返せば、サンプルとそれを観察出来る天文学的確率の技術力、そしてそれを運用出来る知能が揃えば、その世界の者は我々神と同義の存在になれてしまうという事なのじゃ」
「……」
途方もない話になってきたと、俺は自分がこれから受ける使命の重さを改めて強く認識した。
「魂が帰還しないという事は、その世界の文明はその天文学的確率をクリアした技術力という事なのですか?」
「いや。それはない。観測する限りでは文明レベルはお主の元いた世界の中世段階じゃ……まあ、魔術という独自の文化はあるがのう」
中世レベルの文化レベルに加え魔術……創作で言う所のファンタジー世界だと思えばいいのだろうか?
「しかしだからこそ、ノアの魂が帰還しない事が
……話を聞くだけなら簡単に聞こえる。しかし俺は答えを出す前に一つの重要な質問をする事した。
「確認ですが、もしそのノアが生存していた場合や、もしくは今の俺みたいにその世界で何らかの形で新たな生を受けていた場合はどうすればよろしいのですか?」
「手段は問わん。最悪殺してしまってでも、迅速に帰還させよ」
俺の確認に対し、オーディン様は何処までも冷酷に告げた。
「ふざけないでくださいおじい様!」
……成る程。確かにこれは困難だ。
「そんな殺しをさせてしまうかもしれないオーダーを、和さんにやらせる訳にはいきません!」
「やるかやらないかを決めるのはお主ではなく、小僧じゃ」
激怒するノルン様を意に介さず、老神の視線が俺を射貫く。
「さあ、どうする人の子よ?」
その眼光は鋭く、これまで出会ってきたどんな相手よりも威圧感に満ちている。
彼が最高神というノルン様達よりも上位の存在である事を改めて肌で実感させられた。
「儂は何も強要はせん。決めるのはお主じゃ」
「……」
瞼を閉じる。
(この感じ、久しぶりだな)
感覚で分かった。
(俺は今、間違いなくターニングポイントにいる)
かつての人生でも何度か経験した事がある人生の岐路。その前に今立っているのだと。
違うのは規模だろう。選択次第で俺の生きた人生の中でも経験した事のないような想像を絶する困難に直面するであろうということは俺の馬鹿な頭でも容易に理解出来た。
だからこそ俺はいつもの口癖を呟く事にした。
「さあ、ここからがクライマックスだ」
「? どういう意味じゃ?」
「鈴木 和?」
突然俺は言い放った言葉に、オーディン様とディアン様が困惑の顔となる。
無理もない。この言葉の意味を知らないオーディン様達からすれば、俺が意味不明な言葉を突然口走り出したようにしか見えないのだから。
「和さん⁉ それは!」
しかしノルン様は違う。
俺の事をずっと見守ってくださっていたという運命の女神様だけはこの言葉の意味を真に理解しているようで、困惑ではなく驚愕してくれていた。
『クライマックス』
それは俺にとっての魔法の言葉。
相対した困難に対して、最高のコンデションで望む為の自己暗示の言葉であり、一種のパフォーマンスルーティンの一つであった。
「まさか和さん――」
故に俺がオーディン様に対してどういう返答をするのか察してしまったのだろう。こちらを複雑な顔で見るノルン様に申し訳なく思いながら、俺は自らの答えを口にした。
「やります」
俺に迷いはなかった。
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