最強のパラドックス
ちびまるフォイ
勝ちを選択できる強さ
世界を恐怖に陥れていた魔王も。
この世界を牛耳っていた悪者たちも。
もうすっかり倒してから何年も過ぎた。
「もう自分はすっかり最強になってしまったんだな」
最強を自覚してしまうと、今度は伸びしろがないような気がする。
強者に挑んでいたあのアツい時代が懐かしい。
「いや、自分はまだ最強じゃない。もっと最強になれるはず。
そうだ! 自分を作って、自分を超えていこう!
そうすればエンドレスで強くなれるぞ!」
最強の立場に甘んじることなく、さらにその上を目指す。
自分のコピーを作ることには成功するが、
普通に戦うと自分が勝つと思うのでコピーのほうがちょっと強くした。
「さあ勝負だ!!」
案の定、初戦は負ける。
自分より強い設計にしているから当然だ。
その先は何度も何度もトレーニングを積み重ねる。
やがてリベンジマッチで強化した自分を倒すことができた。
「勝った! これでもっと最強になったぞ!
さあ、次はもっと強くしてみよう!」
前より強くなった自分をコピーしてまた自分を作る。
今の自分よりもちょっと強い要素をひとつまみ加えて。
例によって即負けるが、その敗戦が勝利へのモチベーション。
辛いトレーニングも苦しい食事制限も。
すべては自分の強コピーを倒して最強に近づくための階段。
「勝った!! また最強になったぞ!
さあ、どんどん自分を作って超えていくぞ!!」
何度も自分を複製しては、その自分を超えて強くなっていった。
これが死ぬまで続く自己研鑽だと信じて疑わなかった。
あるとき、もう自分より強い自分を作れなくなった。
「ダメだ……。いくら作っても今の自分のクローンでしか無い。
こんなのと戦っても強くなれないよ……」
コピーの自分は自分より強くならない。
これに勝ったところで、より強くなった照明にはならない。
ということは自分は今最強になったのだろうか。
最強と思っている自分が、それ以上の自分を生み出せない。
それはつまりガチで最強の頂にたどりついたのでは?
「……いや、そうじゃないだろう。
自分が自分より強い複製を作る技術がないだけだ。
他の人なら、強いコピーを作ってくれるはずだ」
街に降りるとほうぼう歩き回って、自分の複製を作る人を探した。
今の自分の複製を作って、今の自分より強い自分を作る人を。
けれど、誰にどう訪ねても顔を横にふるばかり。
「めっそうもない。あなた以上に強い人はいません」
「あなたこそが最強です。複製なんて作れません」
「この世界であなた以上に強い人は作れません」
断られるたびに、最強への道筋が見えなくなるようで落ち込んだ。
誰も自分より強い人を作ることはできなかった。
しかし、ある人が言った。
「あなたの複製を、あなたより強くすることはできません。
でも、あなた以上に強い人を連れてくることはできるかも」
「え!? どういうこと!?」
「未来のあなたを連れて来るのです」
「それがなんで自分より強いんだ?」
「未来のあなたは、きっと今以上にトレーニングを積み
より最強への道をひた走っているでしょう。
だから、今のあなたよりは絶対に強いはずです」
「なるほど!!」
「魔法陣の書き方と詠唱呪文を教えますね。
これで未来の自分を現世に召喚することができますよ」
「その自分に勝てば、少なくとも現世では最強というわけだな!!」
見えなくなっていた最強への道筋に光が見えた。
さっそく人里離れた決闘場に向かい、詠唱呪文を唱えた。
まばゆい光とたかれたスモークから、未来の自分がやってくる。
「貴様、まさか自分を召喚したのか?」
「ああ。未来の自分を超えるためにな!
あんたは今の俺より強いんだろう!?」
「当然だ」
「さあ、勝負だ!!」
今の自分よりも強い未来の自分。
敗戦濃厚の第1戦がはじまった。
激しい戦いの末、勝利したのは現世の自分だった。
この結果に一番驚いたのは自分自身だ。
「え……あれ? 勝っちゃった……?」
未来の自分は自分より強いはず。
なんのトレーニングも対策もしていないのに勝ってしまった。
「おめでとう。お前の勝ちだ」
「おいおい! 話がちがうじゃないか!
お前は現世の俺よりも強いんだろう!?」
「ああそうだ」
「じゃあなんで負けるんだよ!!」
「それが最強だということだ」
「はあ!?」
まったく意味がわからない。
すると未来の自分は勝ち誇った顔で語り始めた。
「私はお前よりもずっと強い。最強オブ最強だ。
だから勝つことも負けることも選択できる。
お前は最強じゃないから、勝つことしかできないだろう。
だが私こそ最強だから、お前に勝ちをゆずることもできるのだ」
「な、なんだって……」
「なんなら引き分けにだってできる。
本当に強い人間は勝利以外をも選べる人間なんだよ」
「く……負けた……!」
がっくりを地面にひざをついて負けを認めた。
自分はまだこの人を超えられないと確信した。
「というわけで、徒競走で負けたのはそういう理由。
別にお前のが足早いわけじゃないから。
今回はあえて本気を出さない"選択"をしただけだから。
勘違いすんなよ。2年2組で一番足速いのオレだから」
「前置きなげーよ」
この逸話は男子小学生の足の速さカーストにて、たびたびに持ち出されるという。
最強のパラドックス ちびまるフォイ @firestorage
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