魔法使いの罠はやぶさかではない







 カタカタと打つレポートの手を止めてふうと一息つく。

 レポートを書くのは苦手ではないが課題続きで少々うんざりしているのも本音だ。


 大学の授業の空き時間までこうやってノートパソコンに向かう位にはレポートの締切が迫っている。

 周りには言えないが、世間ではそれなりに名の知れている俳優の恋人とはもう一週間はオンラインですら顔を合わせていない。電話は時々しているが、相手も連ドラの撮影の真っ最中で壊滅的に時間が合わず会話も「おはよう」や「おやすみ」くらいだ。

 元々会える時間が少ないのに、自分から会いたいと言わないものだから、付き合っているのが疑わしいレベルで会えていなくて。


 ……けれど、だからといって恋人の職業が嫌だとは思わない。


 「……」


 いつもは学校が終わってから開くスマホをちらりと見る。

 勉学に集中したいという自分の意志を尊重して、恋人は学校にいるあいだ緊急事態を除いてメッセージを返信しなくても何も言わないでいてくれる。……そうじゃなくても筆まめじゃないから悪いとは思っているが。


 不精な自分のかわりに、恋人から届く一方的なメッセージ。


 『今日も暑いね、溶けそう』

 『お昼のケータリング、めっちゃ美味しかった。咲と食べたい』

 『今休憩中。虹が出てたよー』


 いつもは開かないメッセージのトーク画面を、ちょっとだけ……ちょっとだけと自分に言い訳しながら覗く。


 一言も返事をしないのに、そこから綴られる文字と写真から恋人の弾むような声が聞こえる気がした。


 

 ああ、会いたいな。なんて。


 

 メッセージを見たらますます募る想いに、失敗したなと思いつつも止められずに休憩時間ごとにメッセージを確認してしまう。


「……今日だけ」


 そう呟いて、目の前の課題を終わらせるべく気合を入れた。




 学校が終わってスマホを開いたら、『今日さ、20時には帰宅できそうなんだけど……会えない?』の文字。思わずすぐに『行く』と答えた。


 慌てたって、恋人の仕事が終わらなければ会えないのだけれど。早く早くと気持ちが急いてしまう。


 なんで会いたいと思ったタイミングで時間ができたんだろう? 時々、彼は魔法使いみたいだ。


 彼のマンションのエレベーターの表示が上がってくるのを見て馬鹿みたいに気持ちも上がってくるのを感じる。

 扉が開いて、「咲!」と小走りで駆け寄り、ぎゅうっと抱きしめられた腕に、自分と同じ想いを感じて胸が熱くなった。


 「……今日は来てくれてありがと。どうしても咲に会いたくなっちゃって」


 そう言った恋人に驚きと愛しさがないまぜになって、「光ってさ……たまに魔法使いみたい」と柔らかく微笑んだ。


 素直じゃない自分は、そっと恋人の手を取って、魔法使いの棲家に囚われてやった。

 


 

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デジタルネットワークの魔法使い 🐉東雲 晴加🏔️ @shinonome-h

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